Trans Eurasien Expreß seit 2002

 
erscheint z.Zt. vierteljährlich und behandelt bedeutende und/oder interessante Eisenbahnen und sonstige Transportmittel in der Welt, mit Vergleichen zwischen Japan und dem Ausland, Geschichts- und Kulturvergleichen - je nach Thema der Ausgabe. Alle Fotos, Ton- und Videoaufnahmen wurden vom Author selbst aufgenommen, soweit keine fremde Quelle ausdrücklich vermerkt ist.

Mikio Tanaka

 
     
   


 
19. Le Son de Paris II

巴里之音(後編)

- ホーム de ロック・猫もロック -



第18話より続く)
今回の取材地:
フランス
日本

第三軌条から集電するので、視覚的にうるさい架線が無い。
 メトロの音楽師は車内だけではない。ホームや乗換え通路にも出没して即席劇場を作ってくれる。次はエトワール駅のメトロ・RER連絡通路で演奏されていたアラブ音楽と、RERのホームでのロック音楽を、2曲続けてどうぞ。


辻音楽師2(エトワール駅連絡通路→RERホーム・6分43秒)

パリのベストアドレスの一つ、この広大にして森閑としたフォッシュ通りから遠望する
45°の角度の凱旋門も、実に絵になる。
 第二次大戦後も戦勝国としてブラックアフリカやマグレブ Maghreb (北西アフリカの通称、「陽沈む地」というアラビア語に由来するという。カタカナ表記は同じだが 第1話* でご紹介した磁気浮上 Magnetic Levitation の略称とは勿論マグレブ違いだ。) 諸国に植民地を保有し続けた (今も海外領土省 Ministère de l'Outre-Mer なるご大層なものが存在する) フランスは60年代の植民地大量独立後もこれらの諸国との関係が深く、ワールドカップのフランス勢の顔ぶれを一瞥しただけでも明らかなように、多民族国家化の度合が高い。その意味でアラブの辻音楽というのも現代フランスらしい。アラブ音楽の区切りのいいところで私は録音を続けたままホームに移動したので、全く毛色の異なる音楽がシームレスに続いている。背景の走行音はRERのA線のエトワール駅発着音だ。RERは皆通常の鉄輪方式だが、同駅近辺はロングレールの採用で継ぎ目の音が全く聞こえない。

もし地面が透明なら、エトワール駅から凱旋門を見上げると こう見える筈だ。
巨大な三色旗を吊り下げる為の穴が中央に見える。
 次はRERのエトワール駅のホームを 「会場」 にしたロックだ。辻音楽師は欧州いたる処で見かけるが、ホームのど真ん中でここまで絶叫するお兄さんも珍しい。流石に構内アナウンスで注意されているようだが、無視して演奏を続けても、駅側は別に人数を繰り出すでもない。 週刊朝日の連載漫画 「パパは何だかわからない」 の堅実な主人公サラリーマンが、崩れた感じの男に美人の彼女や妻がいる不条理に憤慨するシーンがしばしば出てくる。この時も、しらけ鳥にもめげず、モヒカン・爆髭のシンガー君の為に集金に勤しむお姉さん達 (録音中 Merci, Monsieur! と涼やかな声が入っている) が目の覚めるような知的な美人で、何か、漠然と不愉快だった。


左:ロダン博物館に近い13号線Varenne駅ホームで沈思黙考する「考える人」のレプリカ。
右:辻音楽師(矢印)のバイオリンが物悲しく響く天井には、ヴィクトル・ユーゴー等
著名な作家や芸術家のサインが一面に描かれている。(10号線Cluny La Sorbonne駅にて)
 地底のアーティスト達は気儘に移動するので、面白い奴を見付ける気で捜すとなかなか見付からないものだ。この日は仏国鉄SNCFご自慢のガスタービン列車RTG (今は引退してミュールーズのフランス鉄道博物館 Musée francais du chemin de fer でその静かな勇姿を見る事ができる) のジェット機さながらの発車音 第13話*中程にサウンド添付) の録音が主目的で、その為に北駅に行った道すがら辻音楽師も録音したものだ。ついでの作業にもかかわらずそれぞれに個性のある辻音楽師に遭遇できたのは、今にして思えば天佑だった。

当初は欧州閣僚理事会(ブラッセル)の諮問機関+αに過ぎなかった
この欧州議会 (ストラスブール)は権限を徐々に拡大し、
現在は名実共に立法権の一翼を担うようになった。
 学生時代にこの録音をしてから20余年の歳月が流れ、この間欧州の統合は地理的に拡大し、かつ質的に深化した。その陰で失われた各加盟国の「らしさ」も多い。子供の頃から筋金入の乗物フリークだった私は、当時のフランス規格の黄色いヘッドライトやオレンジ色の後退灯、イタリアの恐ろしく小さな前部ナンバープレートや白色の前部ウィンカー等に強烈なエキゾチズムを感じたものだが、このようなバラバラの規格はいつしか統一され、欧州の道路は同じ色のライトと共通様式のユーロナンバープレートの車で埋まってしまった。消えていった「ご当地規格」の中にはフランスの「プパプ・・・プパプ・・・」というのどかな救急車の音もあった。その、今はなかなか聞く事のできない間延びした録音も見付かったのでおまけで付けておく。


救急車・26秒

Z20500が横切るセーヌ中洲の「白鳥の散歩道」の先端に
米国からの返礼で建てられた 自由の女神像
* がある
 先に述べたようにこれらの録音をしてから時間が経っているので、現在までの間に起きたメトロやRERの変化を、思いつくままに並べてみよう。

大きなところでは1998年に開通した14号線だ。伝統のゴムタイヤ方式に加えてホームドア付無人運転という新規格で登場し、新交通的な色彩が強くなった。流星にひっかけたメテオールという愛称を持つが、Metro Est-Ouest Rapide 地下鉄東西高速線の頭文字を繋げたもので文字通りパリの東西を貫き、都心部ではほぼ並行するメトロ1号線やRERA号線を補完する役割も担う。


左:フランス国立工芸保存院に近い11線Arts et Metiers駅は潜水艦の艦内がモティーフだ。
円形「窓」には技術的偉業の模型が展示されている。

右:12号線Concorde駅には壁面から 天井にかけてアルファベットのタイルが一面に張られている。
句読点も大文字小文字の区別 も無く一見ランダムのようだが、実は人権宣言のテキストだ。
コンコルド広場はフランス革命 当時の革命広場で、ルイ16世とマリー・アントワネット妃はここのギロチン台で処刑された。
メテオールの駅を、ホームドアと並んで視覚的に特徴付けるものは、軌道上に並んだ巨大なリングだ。集電は第18話で述べたように第三軌条から行い架線は存在しないので、これはデザイン上の遊びなのだろう。

メテオール開通に先立つミッテラン社会党政権時代に1等車
1er Class が廃止され、モノクラス制となった。現在ホーム中央にあるキオスクの一部は1等車があった頃の検札用の駅員詰所の名残だ。



博物館の中に駅があるような1号線Louvre-Rivoli駅。
世界遺産にして世界最大級の博物館、ルーヴル美術館の 東端に位置するが、
同美術館入口最寄駅は一つ凱旋門寄りのPalais-Royal/Musee du Louvre駅だ。
2007年7月現在、6号線は私が学生当時の車両が車体色を変えただけでまだ健在だが、同じ車両を使っていた1号線が新車に総入れ替えされたので6号線の入れ替えも近いと見るべきだろう。前述のメテオール用の車体に有人運転用の運転席を取り付けた構造で、運転が無人か有人か、また足回りがタイヤ方式か鉄輪方式かにかかわらず、今後のメトロの車体部分の標準規格になるものと思われ、チリへの輸出車両の 最新型* もこのタイプだ。この車体はガラス面積が巨大なので、地上区間の多い6号線ではいい加減に冷房付にしないと厳しい。

そしてこの冷房問題こそが、便利なパリのメトロの現在に到るも画龍点睛を欠く部分なのだ。


トリコロールが鮮やかなZ8100の群れ
 地球温暖化はゆっくりと、しかし着実に進行しているようだ。私が子供の頃住んでいたハンブルグは当時冬季は数十センチの積雪も珍しくなく、2階から庭にバフッと飛び降りて新雪に人型の窪みを作って遊んだりしていたが、最近は雪は滅多に積もらないという。また夏季に熱波が欧州を襲う頻度は目に見えて増えている。鉄道も含め街のインフラがまだ熱波に対応していない欧州では、夏の暑さは堪える。シャルル・ドゴール空港CDGと都心を結ぶ区間を含むRERのB号線は脱稿日現在まだ平屋車Z8100SNCF表記。RATP表記は MI79 の天下だが、窓が僅かしか開かず、しかも風が車内を通り抜けないようその僅かな開閉可能窓すら片側にしか無いので、真夏の車内は我慢大会だ。
 小洒落てはいるが冷房の無いアパルトマンに入っている会社はまだ多いので、会議が終われば速攻で退散だ。パリで休むならカフェに入りたいところだが、ここも冷房付はまだ少数派だ。エアコン完備のマクドナルドは涼を求める人々で長蛇の列だ。暑い日にパリを発つなら、無駄な抵抗はやめてさっさと空港に行って涼むに限る。即チェックインして身軽になり、休むも良しメールチェックも良し。但しCDGのエアフランスのラウンジ備え付けのPCはマックのうえキーボード配列がフランス式なので、指が慣れるまで一苦労だ。
 華をも焦がすこの灼熱の都に、遂に待望の冷房通勤車が現れた。これが如何にもおフランスらしいユニークな車だ。Z22500形、RATP式にはMI2N Materiel d'Interconnexion à 2 Niveaux、二階建相互連絡車) と呼ばれるモデルで、RERのA線・E線にまず投入された。なぜ「相互連絡車」かというと、車両相互間の通り抜けが可能になったからと思われる (日本の通勤電車では昔から当たり前の事だが)。ダブルデッカー黎明期の近鉄ビスタカー10000系や10100系が雲の上の存在だった頃とは異なり、今日2階建車両は優等列車でも通勤列車でも日・欧・北米・中では珍しい存在ではなくなった。パリ近郊通勤圏では主力となった総2階建プッシュプル客車の大群やZ20500Z20900等の総2階建電車が膨大な座席数を提供しているが、皆2ドア車だ。だが、Z22500の特色はラッシュ対策の為3ドア化した事だ。総2階建+3扉という複雑な組み合わせは他に例を知らない。デッキ上部の僅かな隙間にエアコンを押し込み、一分の無駄も無い設計だ。3扉化にもかかわらず、5両固定編成で528席を確保しているというから唸ってしまう。

パリ新都心・La Défense の新凱旋門駅にて
 巨大な中間扉から入ると、左右上下4箇所の階段に囲まれる不思議な空間となる。シトロエンCitroen 名車DS*CXSNCFのユニークな X4200 panoramique* (この遊び心豊かなパノラマ気動車の設計が戦後すぐの1950年代というから驚く) やヤードの入換機の発想を旅客車に応用したと思われるX3800ピカソ型気動車、TGV初代試作車 001* やRTG等のガスタービン列車、惜しくも実用化には至らなかったアエロトラン*、60年代の人々に夢を与えてくれた超音速旅客機コンコルド (写真2枚下にフランスのエスプリ同士が顔を揃える)、SF映画的な石臼形のCDGターミナル1や胴体ごと持ち上げてしまう巨大ジャッキ付シャトルバス (同)、それにここで取り上げたゴムタイヤ式地下鉄等きりがないのでこの辺にするが、Z22500はこれら並居る先輩達と形態こそ異なれ、フランスらしい強烈な個性と何でもやってみよう精神のDNAを色濃く共有する。混むならロングシート化して立席を増やして押し込んじゃえという、安直かつ横並びの解決策に走らないところに、我が道を行くフランスらしさと、着席輸送への執念とが見て取れる。

ブレインズもびっくり、サンダーバード顔負けの
豪快なアイデアを実践してしまうところが凄い。
 このように、時は流れ、新線が開通し、車両も変わり、街は暑くなってきても、パリのメトロに辻音楽師の奏でる音の絶える事は無い。それどころか、若い芸術家を支援する為、RATPだったかがストリートミュジシャンを定期的に公募テストしてそれなりと認めた者の演奏を正面から認める形で鉄道施設内での演奏を制度化したという記事を読んだ記憶がある。ふるいにかけて 「君は下手糞だから遠慮してくれ賜え、merci!」 というのだから、審査する方の耳も色々なジャンルで肥えている必要があろう。

ジャッキを降ろすとそのままシャトルバスになる
(ジャッキ上昇中のバスから走行モードのバスを撮影)

 パリの公共交通機関を利用していて、日本人として考えさせられる事は多い。それは、①特に乗車時間の比較的長いRERにおける着席輸送の重視②鉄道の経営主体にかかわらない共通運賃方式 (ドイツでいう交通連合 Verkehrsverbund 制度、第10話*参照 にみられる、事業者より利用者を主体にした運賃制度、③公共スペースでも芸術や個性を尊重する事、④補助椅子の扱いに見る乗客のマナーへの信頼 (日本では始発からラッシュ終了まで、空いていてもロックして使わせない方式が多いが、パリではロックなどはせず、混んでくれば補助椅子利用者は自発的に立っている) ⑤歴史建築や美観を鉄道・道路等のインフラ建設の犠牲にしない為の努力、の5点に要約できるように思う。
 ③については、美術館の回廊を電車が走っているかのような Louvre-Rivoli 駅、サン・ジェルマン・デ・プレ界隈を愛した作家達の作品の1節を構内天井に投影する Saint-Germain-des-Prés 駅等、芸術への尊敬を形で表した駅が多い。車内音楽師への寛容さも同じ文脈で理解する事ができる。丸の内線でギターの演奏でも始めれば駅員がすっ飛んでくるだろう。「聞きたくない人の迷惑になるから」との反論もあるかも知れないが、それは一貫しない。なぜなら日本では特にバスの車内では耳障りなCM放送を流しているものも多いからだ (かつては名古屋の地下鉄でも車内CMを聞かされた記憶がある)。運送約款を確認した訳ではないので推測だが、チップを求める点を捉えて禁止されている(であろう)車内営業行為に当たるという切り口も考えられる。これに対しては、単なる金儲けと十把一絡にされては芸術へ理解が足りないと彼らは反論しそうだ。考えれば考えるほど文化の違いが現れていて面白い。最後に⑤について見てみよう。

「花より団子」主義もここまで徹底すれば、これはこれで一つの文化だ。
重文・日本橋を踏み越えて行く首都高(東京都中央区)
 「パリは燃えているか。」第二次大戦末期、敗色が濃くなりパリ放棄を決めたヒットラーは、撤退に際してパリの街を焼き払うよう占領軍司令官フォン・コルティッツ将軍 Dietrich von Choltitz に命じた。「Jawohl、総統閣下。」彼はそう答えるしかなかったろう。しかし、街全体が野外博物館のようなこの美しい街に、緑が目に沁みるマロニエの放列に、将軍は遂に火を放つ事はできなかった。敵将すらも破壊を躊躇ったこの見事な文化遺産を、視覚的に害さない形で都市空間を有効利用する為、今日のパリは巨大な地底都市でもある。市内各所にさりげなく造られた巨大地下駐車場は一例だ。例えば日本人観光客が嬌声をあげる壮麗なオペラ座の傍、ピラミッド地区の地下にも7層もの広大な駐車場が広がっている。都心鉄道の徹底した地下化もこの意味において良く理解できる。
 つまり、パリ都心の地上は壮麗な都市計画に基づく歴史的街並を守る為に、高架鉄道・電線・電柱等の視覚的ノイズを徹底して排除し、これに対して地下ではメトロ網や巨大駐車場等の現代的利便性を存分に追求する、と一応は棲み分けを単純化できそうだ。しかしその地下空間も無味乾燥な実用本位の通勤電車の往来で終わらず、工夫を凝らした駅構内やユニークな電車の車内で、様々な辻音楽師が思い思いにパリの音 le son de Paris を奏でるのが、如何にも「らしい」。地上に納まり切らないフランスの強烈な個性が、地下にも滲み出ているようだ。
 
     
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