Trans Eurasien Expreß seit 2002

 
erscheint i.d.R. vierteljährlich und behandelt bedeutende und/oder interessante Eisenbahnen und sonstige Transportmittel in der Welt, mit Vergleichen zwischen Japan und dem Ausland, Geschichts- und Kulturvergleichen - je nach Thema der Ausgabe. Alle Fotos, Ton- und Videoaufnahmen wurden vom Author selbst aufgenommen, soweit keine fremde Quelle ausdrücklich vermerkt ist.

Mikio Tanaka

 
     
   


 
27. ベルリン新中央駅

- ガラスの巨人の叫びに耳をすませば -
今回の取材地:
ドイツ
オランダ
アメリカ

前々号*の「千と千尋の神隠し」の海原電鉄の妄想的分析から話がどんどん脱線して前号*に至っては牛・犬・馬まで登場して動物園のようになってしまったが、偶然本号でも動物園が出てくる。

2006年5月26日、サッカーのワールドカップ・ドイツ大会開催に沸くベルリンの北東部のまだ鄙びた一角に巨大なガラスの城が姿を現わし、ベルリンの新たな中央駅として開業した。まずドイツの首都のこの新中央駅の歴史を駆け足で振り返り (→1.)、次いで同駅の特色を、欧州の中央駅の定石通りのもの (→2.・3.) と、この駅ならではのもの (→4.) とに分けて観察する。

1 歴史

同駅は中央駅 Hauptbahnhof Hbf と略される) となるまでは Lehrter Bahnhof と呼ばれたローカル駅だった。レーアター Lehrter とは「レーァテ Lehrte の」という形容詞形で、リヨン方面の列車が発着するパリ側の終着駅をパリ・リヨン駅 Paris - Gare de Lyon と呼ぶのと同様の発想 (東北方面の列車が多く発着した上野駅を「東京・仙台駅」、東海道新幹線東京駅を「東京・大阪駅」と呼ぶようなもので我々にはピンと来ないが) でレーァテ Lehrte* (ハノーヴァーの東約20キロの小さな町) 方面の列車が発着する終着駅だったのが戦後まもなく通勤電車しか停まらない小駅に格下げされ、この度ドイツを代表する中央駅に牛蒡抜き的大出世をする事になったという、塞翁が馬的な駅だ。

同駅は東西方向の高架線と南北方向の地下線が交差する位置に建設され、東西方向3面6線、南北方向4面8線、計7面14線 (ちなみに我が東京駅はJR線だけで14面が犇き28線が蝟集する) から成る。前者は19世紀末のプロイセン王立鉄道局 Königlich Preusische Eisenbahn-Verwaltung,、以下 「KPEV」 ) 時代から複々線化のうえ都心・近郊列車を高頻度で運転し、Schnellbahn(高速列車) ないし Stadtbahn(都市列車) として今日のドイツ鉄道DBの通勤・近郊列車、Sバーンの語源となったとされる。これに対して南北方向の縦貫線を建設して北方と南方の長距離列車を直通させる構想は同時期に KPEV が計画し、ドイツ統一 (1871年。ドイツで 「統一」 といえばこの史実を指し、1990年のそれは 「再統一 Wiedervereinigung」 という) 後鉄道事業を承継したドイツ国有鉄道 Deutsche Reichsbahn DR が引き継いだが第1次大戦で頓挫、次いでヒットラーがベルリンオリンピック (1936年) 開催に合わせた開通を目指したがこれも第2次大戦の戦局悪化でそれどころではなくなった。



写真左・中: 史跡として一部保存されたベルリンの壁 Berliner Mauer と自国民の監視塔跡が、暗黒の時代*を今に伝える。偶然、再統一後ほぼ一瞬で淘汰された旧東独の人民車トラバント Trabant が、騒々しいエンジン音を壁に叩き付けながらやってきた。


*暗黒の 時代
  写真右: 壁の落書の写真・カケラ(?)・トラバントのおもちゃ(元々おもちゃのような車なので違和感が無い)を組み合わせたベルリン定番土産。写真は、弱々しい東独ホーネッカー首相が屈強なソ連ブレジネフ書記長に抱きついている正視に堪えない場面に、「私が生き延びられるよう助けて、旦那様!」とロシア語(勿論「旦那様」の言語という皮肉だ)の風刺付きの、最も有名な壁の落書きの一つ。

国家分断時代は東西ドイツを直通する南北縦貫線構想は意味を持たず棚上げ状態だったが、ソ連崩壊 (91年) 前年に東独が自壊し西独 (当時) に編入されるという現代史の大ドラマを経て、ボンからベルリンに首都を移したドイツ連邦共和国 BRD とドイツ鉄道 Deutsche Bahn 株式会社 (DBAG) の下で、晴れてこの歴史的大事業は達成された。新中央駅開業当日、開業を祝う為に駆けつけたメルケル首相が絵になる高架ホーム (東西方向の既存線) ではなくわざわざ地下ホーム (南北方向の新縦貫線) に到着する ICE から登場したのには、このような歴史的背景がある。

尚、東西分断時代は東ベルリンの中央駅は東駅 Berlin Ostbahnhof、東独消滅の僅か3年前にベルリン「中央駅」を名乗ったが実態は僭称に近かった)、米英仏占領区域にターミナル駅の無かった西ベルリンは東西高架線上のZoologischer Garten (ツォーローギッシャーガーテン=動物学的公園、即ち動物園。略称 Zoo ツォー駅) を中央駅として代用* した。後者はベルリンの繁華街 Kurfürstendamm 至近という地の利もあり、「どうぶつえんまえ」という少し力の抜けそうな名称にもかかわらず事実上の中央駅としての大役を戦後約半世紀にわたって果たしてきたが、新中央駅の開業に伴い元のローカル駅に格下げとなった。

*東独領に囲まれた西ベルリンの Zoo 駅と西独を結ぶ列車は当然東独領内を走らなければならなかったが、東独市民の脱出を防ぐ為東独領内は停車禁止、それでも心配な東独政府は一部区間には線路の両側に*を築いてしまうという念の入れようだった。現在 ICE1 型車両を用いたフランクフルト ⇔ ベルリン約600キロ無停車の ICE Sprinter の設定があるが、これは純粋に航空機との対抗商品である。



階級章のような旧赤軍グッス、プロパガンダポスター等の思想統制物、マトリョーシカ等のロシア物といった辺りが旧共産圏の露天観光土産の定番だが、新5州と呼ばれる旧東独には独自の演出もある。背景はいずれもドイツ版原爆ドーム、皇帝ヴィルヘルム記念教会 Kaiser-Wilhelm-Gedächtniskirche
     
写真左・中: 信号おじちゃんAmpelmännchenと呼ばれる東独時代の歩行者信号の図柄がそれで、観光客に異世界情緒を与えてくれる   写真右: ドイツで制式採用されている図柄
2 欧州の中央駅の伝統・ドーム構造

欧州の中央駅が日米のそれと一線を画す最大の特色は、ホーム全体が巨大なドーム屋根に覆われている点だ。日本では東京駅や新宿駅のような大ターミナル駅でも屋根はホーム上にしかなく線路上は青天井なのが普通だ。これだと建設費は安いし気動車入線時の排煙の心配も無いが、荒天時には客は濡れてしまう。東京駅はアムステルダム中央駅*モデル**にしているとする説があるが、ホームの構造に関する限り、両者の写真を並べれば基本思想が違う事が一瞬でわかる。下の写真左は駅全体が堂宇にすっぽり覆われたアムステルダム中央駅、右はホーム上にのみ屋根のある東京駅。

* 尚、Amsterdam CS と略記されるアムステルダム中央駅を「アムステルダムCS駅」と訳すガイド本があるが、CSは中央駅のオランダ語 Centraal Station (同じ母音を繰り返すのがオランダ流だ)の略なので、「CS駅」では「中央駅駅」となり馬から落ちて落馬する的誤表記である。
** アムステルダム中央駅と東京駅が異なるのはホームだけではない。駅舎も前者のオランダ独特の超縦長窓や手の込んだファサード* は現在の東京駅とも戦災前の東京駅*とも素人目にも異質であり、この「アムステルダム中央駅モデル説」には首をかしげる。


写真左: 全体が巨大な蒲鉾状のドームに覆われたアムステルダム中央駅
  写真右: 低屋根付のホームと青天井の線路が交互に並ぶので縞模様の東京駅(丸ビルより撮影)

ちなみに夜の帳のおりたアムステルダム中央駅に佇むのは長駆スイスからやってきた ICE3。ほぼライン川に沿って北上するこの列車のルートはかつてオランダ国鉄 (当時) とスイス連邦鉄道SBB共同運行のRAm型ディーゼルTEE* 第13話参照) が活躍していた区間で、現在はドイツ鉄道DB所有車とオランダ鉄道NS所有車のICE3が共同運行しており、写真はDB車。編成名フランクフルト・アム・マイン号はどこかで聞いた事あるなと記憶を手繰ったら偶然3年前に同じ編成に遭遇していた第11話* の挿入写真6枚目のケルン中央駅へ進入する編成)。 北米の大中央駅に目を転じると、コンコースは天井も高いうえギリシャ神殿の列柱を模したりして、欧州を意識していないとは言わせない建築だ。だがホームに進むと全体を屋根で覆うところまでは欧州の中央駅と同じだがその屋根は低く、装飾性も皆無に近く、経済性最優先のコンセプト (出発間際まで客を入れない運用なのでこれでいいのだろう) に一変する。シカゴ・ユニオン駅やニューヨークのペンセントラル、グランドセントラル駅のような地下ホームでは、天井は低く二階建客車でも入線しようものなら屋根が天井をこすりそうな圧迫感だし、トロントのユニオン駅 第13話*14話*参照) のような地上ホームでも平らな低屋根が覆っているだけで、大きな倉庫か納屋のような無味乾燥さだ。



シカゴ・ユニオン駅の広壮なコンコース(左・中)とは対照的に、薄暗く、列車の天井がつかえそうな
圧迫感のあるホーム(右)。映画「アンタッチャブル」でギャングの抗争に巻き込まれ乳母車が階段を
転落する衝撃的なシーンのロケ地は、写真左の左端ギリシャ神殿風列柱をくぐった所にある。

電化率が低い北米では工場のようなディーゼル機関車が猛烈な排ガスを無遠慮に噴き上げながら長い列車を牽引したり推進したりしているが、ホームの天井が低いので排煙対策を考えないと客は忽ち窒息してしまう。地上ホームのトロントでは丁度機関車の停車位置の天井が切り掻かれて排煙を逃がす構造になっているし、行き止まり式のシカゴ・ユニオン駅地下ホームでは常に機関車をトンネルの出口側に連結して乗客が燻製になるのを防いでいるが、それでもホームは首都高のトンネルの中のように排ガス臭い。

中央駅のホームを巨大なドームで覆う欧州の伝統的方式は、横殴りの雨や激しい積雪でも乗客が影響を受けない全天候型環境を乗客に提供し、かつ内燃機関の排ガス問題も発生させない為の、贅沢な建築様式なのだ。*・東・リヨン・サラザール (以上パリ)、ヴィクトリア・ユーストン・キングスクロス・パディントン・チャリングクロス・リヴァプールストリート・聖パンクラス* (以上ロンドン)、フランクフルト、ライプツィヒ* (蒲鉾の化物をいくつも横に並べたような壮観さだ)、小さなところではヴィースバーデン・ベルゲン等、欧州の主要ターミナル駅の多くはドーム式で大教会のような威容を誇る。ターミナル駅でなくとも、アムステルダム、ケルン、ニース、ハンブルグ*のような主要都市の中央駅もドーム式だし、中央駅でもターミナル駅でもなくてもその町の風景の不可欠の一部になっているドーム駅もある。特にダムトーア Dammtor*(ハンブルグ)のユーゲント様式のドームは Allianz pro Schiene によって都会の駅ベスト1*に選ばれた (2006年) 程秀麗で、一見の価値がある。


欧州のドーム式ホームへのこだわりは相当なもので、積雪の心配無用の南欧の大駅 (ニース市 Nice Ville、テルミニ、ミラノ中央 (チェントラーレ)、アトーチャ等) でも、また排煙の心配の全く無い通勤電車専用線 (こちらの場合多少屋根は低いが)でも、気の利いた駅にはドームがでーんと鎮座ましましている。ハンブルグの地下鉄高架区間を例に取れば1号線Volksdorf駅や2号線 Uhlandstrasse(共に第10話*参照) Mundsburg* 等がいい味を出している。ベルリンのSバーン Bellevue 駅もその名に違わず美しいドーム駅だが、この駅はドームそのものは大した事はなくそれを支える煉瓦壁のアーチ窓の連続が美しい。

このベルヴュー駅の東隣が本号のテーマのベルリン中央駅だ。その高架ホームは欧州の中央駅の伝統に従い広大なドーム構造を採用している。ただ通常のドーム屋根の明かり窓面積は僅かで薄暗いのに対して、この駅は総ガラス (後述) のドームとしたので屋外のように明るい。地下ホームもドーム駅の精神を受け継ぎ広大な天井空間を確保しているのみならず、自然光も少しだが地下に取り入れる構造を採用し、地下の圧迫感を全く感じさせない広さと明るさの確保に成功している。



天井が高く、自然光も落ちてくる広々とした地下ホーム
3 貫通駅

欧州の中央駅は上野駅や函館駅のような行き止まり式の櫛型ホームを持つ頭端駅 Kopfbahnhof が多い。ドイツで思いつくだけでも南からミュンヒェン、シュトゥットガルト、フランクフルト*、ヴィースバーデン、ドレスデン等の各中央駅は頭端駅だ。これに対して大都会の中央駅で貫通駅 Durchgangsbahnhof は北からハンブルグ、デュッセルドルフ、ケルン等が挙げられ、ここにベルリンが加わった事になる。ちなみに欧州最大の頭端駅はライプツィヒ (8万㎡を超える広大な駅で、東独時代はガランとした廃墟のようだったが現在は活気溢れる大駅になっている) だ。いわゆる機回し作業の不要な、機関車が列車を後位からも推進できるプッシュプル方式の列車 Pendelzug が欧州で発達したのは、頭端駅の多さも原因の一つだろう。



ポツダム広場から新中央駅を遠望。連邦首相府 Bundeskanzleramt の奥に
ガラス張りドームに覆われた貫通構造の東西方向ホームが横たわる。

頭端駅は地価の高い都心の土地取得を最小限に抑える事ができ、同一平面での乗換が可能なうえ鉄道愛好家には妍を競う列車群を色々な角度から観察できて楽しいが、スイッチバック運転 Spitzkehre の為の滞留時間・オーバーラン事故に備えた進入速度の制約・複雑な平面交差等、貫通駅に比べ運行効率が劣る欠点を有する。鉄道輸送の重要性が高いわが国では大きな駅も貫通駅化率が高く、乗降客日本一の新宿駅の頭端ホームはJR線ではゼロ、東京駅も山手・京浜東北等大半の線は貫通駅 (上記2.に貼付した東京駅の写真の最も手前の中央快速線ホームは路線図上は頭端駅だが、有楽町側にも遊びの線路を延ばし恰も貫通駅のようにして、通常の速度で進入できるようにして高密度運転を阻害しないように工夫している) で、開業以来ずっと東京止まりだった東海道線すら東北・常磐線と直通運転する為のいわゆる東北縦貫線*が着工され、また成田新幹線東京駅予定地だった空間を終点としている京葉線も延伸計画があり、益々貫通駅としての性格が高まりつつある。



中央駅に昇格し全列車停車となる前の週のまだ閑散としたレーアター駅。
ソーラーパネルの下をICE2が素通りしていく。

ベルリン中央駅は東西方向の高架ホームと南北方向の地下ホーム全て貫通線で、効率の良い構造となっている。

 
4 現代ドイツ的メッセージ

ドーム天井部分の南側はソーラーセルがずらりと張られており、如何にも環境大国の中央駅らしい。しかし同駅最大の特色はその総ガラス張り構造にこそあり、心眼で透視すればガラスの向こうに現代ドイツの政治的メッセージが透けて見えてくる。在独日本人社会のミニコミ紙「ドイツニュースダイジェスト」 Who's Who 欄に筆者の番が回って来た時、「ドイツという国、一言で言えば?」という定番質問に「得体の知れない権威の無い、原理原則に忠実な分かり易い国」と答えた事がある。そのココロは、建前と本音が一致したオープンな議論を尊び、密室解決を忌避し、判断権者も判断基準も明確にルール通り、かつルール通りである事を誰でも検証でできるようにガラス張りにしておく、という民主主義の大原則に恐ろしく忠実な点にあった。



旧東独時代に旧ソ連から買われ、その騒々しさ故に「タイガの太鼓
Taigatrummel 」と呼ばれたディーゼル
機関車が統一に伴いドイツ鉄道
DB所有となり、2004年に EU加盟が認められぐっと垢抜けた
ポーランドのPKP客車から成るワルシャワ行急行を牽く。列車1本にも現代史が息づく。

ドイツのこの1世紀余というのは、第5話*の影の主役ヴィルヘルム2世が在位したドイツ帝国の絶対君主制→当時世界で最も民主的と言われたワイマール共和国→国家社会主義党 (ナチス) が支配した第三帝国の暴走と破滅→現在のドイツ連邦共和国と、全体主義と民主主義の間を振り子のように振れ続けた激動と隔世遺伝の百余年でもあった。特に民主主義の名の下にヒットラーの独裁を許してしまい周辺国を戦渦に巻き込みつつ祖国を破滅に導いた史実の分析と再発防止策の研究には戦後ドイツは全力を傾注してきた。その結果、①民主主義を否定する団体には基本的人権を停止できる戦う民主主義 第8話*参照) のような峻烈な概念の導入②憲法の番人として連邦憲法裁判所 Bundesverfassungsgericht を設置し、しかもこれに抽象的違憲審査権という日本の最高裁には無い強力な権限を付与 (日本の裁判所とは異なり、運用においても違憲判断を出すのに躊躇しない) ③「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」という統治機構の基本生理を史実として認めた上でその対策として意思決定過程を徹底的にガラス張りにして国民が不断に監視する事により腐敗と暴走を極小化しようとするなど、独特の対策を講じている。


連邦議会の外観とガラス張りドームの内部

上記③については、戦後ドイツは自らがガラス張りの民主主義国家である事を、形でも示そうとする。例えばフライブルグにある上記②の連邦憲法裁判所*は、憲法判断の過程を国民の目に全て明らかにする姿勢を象徴して、戦後すぐの建築にもかかわらずガラス面積が異様に広い。ベルリンの連邦議会 Bundestag も負けてはいない。やはりガラス張りの天井ドームから国民が誰でも審議中の議事堂を見下ろせる構造になっており、議員が常に主権者である国民の監視下にある原理原則を象徴している (わが国では国会の見学に何故か国会議員の紹介を要求してわざわざ敷居を高くしているが、政治家の国民に対する姿勢の違いがこんなところにも見え隠れする)。ドイツ帝国時代の中央銀行から東独DDR時代の共産党本部と複雑な歴史を経た重厚な建物も、統一ドイツの連邦外務省 Bundesaussenministerium ビルとなってからは透明なガラスで覆われた。



連邦外務省。 ドイツ再統一後に増築されたガラス張り部分(左2枚)と東独共産党本部時代からの承継部分(右)

ランドマーク的国有建築物は何らかの政治的メッセージを発している場合が多いが、政治宣伝臭過多の全体主義国家のものと比べ、現代ドイツのそれは国力・権力の誇示を一切せず、シンプルで透明感を強調したものが多い。国有建築物に限らず、多少なりとも公的性格を有する建物にもドイツではガラスが多用される傾向がある。DUS 空港第6話*参照) ではガラスの谷間をモノレールが遊弋し、ポツダム広場 Potzdamer Platz にあるドイツ鉄道株式会社 Deutsche Bahn AG の本社ビルも透明感を殊更強調した総ガラス張りで、その1階玄関脇に展示されている戦前のポツダム広場駅標識に残るベルリン陥落時の弾痕の黒々しさとのコントラストが際立つ。



DB本社(左)とその玄関前に鎮座する、弾痕も生々しい駅標識(右)

だがこの透明感という点では、長大なガラスドームと巨大なガラス箱を組み合わせたこの新中央駅に勝るものを私は知らない。欧州の中央駅の伝統的建築様式を踏襲しつつそれを総ガラスとした新中央駅は、「限りなく透明な民主主義でこの欧州の大国を運営していくのだ」という戦後ドイツの不退転の決意を、その透明なドームの巨大な開口部から、満腔を震わせ天地に喚き散らしているかのようだ。


たとえは古いが、ドイツが星飛雄馬なら花形満はフランスだ。次号から3話連続で、ドイツの宿命のライバル・フランスの誇る超高速列車TGV一族が、世界に版図を広げていく様子についてご報告する。

 
 
     
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