Trans Eurasien Expreß seit 2002

 
erscheint i.d.R. vierteljährlich und behandelt bedeutende und/oder interessante Eisenbahnen und sonstige Transportmittel in der Welt, mit Vergleichen zwischen Japan und dem Ausland, Geschichts- und Kulturvergleichen - je nach Thema der Ausgabe. Alle Fotos, Ton- und Videoaufnahmen wurden vom Author selbst aufgenommen, soweit keine fremde Quelle ausdrücklich vermerkt ist.

Mikio Tanaka

 
     
   


 
3.極北の輝きの下で
- 最北の鉄路を行く旧TEEのスター達と世界最強のマンモス機へのレクイエム -

Ehemalige TEE-Starzüge und riesige E-Loks auf Schienen auf den Weg in den fernen Norden
今回の取材地: スウェーデン アメリカ アメリカ


Tågkompaniet の Salonwagen としてスウェーデンの北極圏を走る
Der ehemalige Aussichtswagen AD4üm-62 für Rheingold aus
dem 1962 von der Deutsche Bundesbahnfuhr als Salonwagen
der Tågkompaniet am nördlichen Polarkreis in Schweden.

DB の花形列車ラインゴルト Rheingold 号(列車名の由来ついては 第15話 参照、3年後汎欧州急行 Trans Europ Express (TEE) に昇格) 用に1962年に投入された新型編成には、ガラスドームで覆われた展望車 Aussichtswagen が1両連結されていた。これはアメリカ大陸横断列車の展望車を参考にしながらも、大陸欧州の風味も持たせた実に味わい深い車輌だった。AD4üm-62 (後ADmh 101と改称) 形と称されたこの車は、中間部分が側面から天井まで総ガラス張りのハイデッカー室22席、一方の端は6人用1等コンパートメント2室12席、他方の端はバー付ラウンジと、子供心には雲の上の特別車だった。いつか乗りたいと思いつつ希望が叶わぬまま帰国後幾霜月、僅か5両のドーム車は InterCity 網整備で統一運用の障害になり、また許容速度が160キロで急行の最高時速200キロ化についていけず、DB を除籍となり旅行会社を経て外国に転売された、という記事を目にした。廃車を免れたことを喜びつつも、これで乗車の機会は無くなったな、と静かに雑誌を閉じたものだった。

ドイツ連邦鉄道:Deutsche Bundesbahn、略称 DB。東独 DDR の「吸収合併」に伴い1994年旧 DDR のドイツ国鉄道 Deutsche Reichsbahn(略称 DR)と一体化し、ドイツ鉄道株式会社 Deutsche Bahn AG となったが、略称は DB のままである。


BaureiheRcmit Original-Farbschema
 それから更に長い時が流れ、かつてTEEドーム車に憧れた頃と同年齢の息子を持つ歳になり、ドーム車の記憶は忘却の彼方にあった。ところがドイツ勤務となり、当地の鉄道雑誌でかつてのドーム車が今もスウェーデンで活躍しており、しかも引退時期が迫っているとの記事を偶々目にした瞬間、脳の奥深いどこかで30年の封印が解けた。早速調べてみるとスウェーデン国鉄SJ (エスイェと読むらしい) が不採算路線を上下分離方式で民営化し、Tågkompaniet という私鉄がストックホルムと北極圏を結ぶ長距離列車を運行し、その一部にドーム車が連結されている事がわかった。フランクフルト・ストックホルムの正味飛行時間は1時間強に過ぎない。子供の頃の夢を実現するチャンスが、今、手の届くところにある。
Tåg≒Zug(独)=列車、kompaniet≒company(英)=会社で「列車会社」だとしたら、まんまの社名だ。 www.tagkompaniet.se

一人で鉄道を追い回しに行くには顰蹙ものの日数になるので、キルナ Kiruna 近郊の アイスホテル* やノールヴィック Narvik (ノルウェー領、ナルヴィクと表記される場合が多い) のフィヨルドスキー等の「非鉄系」イベントもかき集めた旅程を急遽組んで、ストックホルム行の SAS 機に家族を押し込むように乗り込んだ。この際、希望の客車に必ず乗れるよう H.I.S.フランクフルト支店の皆様にご尽力いただいたのでこの場を借りてお礼申し上げたい。



Die U-Bahnhöfein Stockholmsind gleichzeitig
Ausstellungshalle für Felsenkunst. Bahnhof T-Centralen.

ストックホルムの市内から40キロ程離れたアーランダ空港は欧州では市内からかなり遠い部類に属する。到着口すぐ脇の「市内方面アーランダ・エクスプレス乗場行」というエレベーターで降り、ドアが開いてから驚いた。エレベーターはホーム中央に直結しており、しかも文字通り目の前が電車のドアだ。土産物売場の並ぶ通路を必ず歩かされる構造の駅舎や空港を見慣れた目には、この徹底した利用者本位のコンセプトは眩しかった。



Der Arlanda Express – ein idealer Zubringer zum Flughafen: Aufzüge direkt zum
Bahnsteig im Flughafen, und ohne Höhenunterschiede zum Taxi im Bahnhof Stockholm

切符は多少の手数料を払えば車内でも買え、しかもカードが使えるので外国からの客は 両替  せずに飛び乗ることができる。10-15分間隔・最高時速200キロで20分でストックホルム中央駅に滑り込む。しかも荷物の多い航空旅客の事を考え、今度は電車のど真前に段差無しでタクシーが並んでおり、徹底した乗客本位の哲学が誰の目に見える形で実践されている。この為距離が半分の羽田⇔都心間よりも近い感覚だ。しかも、もし2分 (!) 超の遅延があればその理由の如何を問わず全乗客に無料乗車券を渡す到着時間保証 travel-time guarantee 制度まであり、定時運行がとりわけ重要な空港シャトル列車としてのプロ意識も見上げたものだ。

スウェーデンはEUの加盟国中、ユーロ(€)未導入の4大国ないし準大国(他は英国・ハンガリー・チェコ)の一つなので、ドイツからでも両替の必要がある。


直線基調のX2000。折り畳み式バックミラーが面白い。
 スウェーデン鉄道SJ自慢の超高速列車 X2000 等が出入りするストックホルム中央駅に Tågkompaniet 社の Luleå ルーレオ行き寝台列車が入線してきた。牽引機はSJの標準機 Rc 型の SJ マークが消され Tågkompaniet 社のポップなロゴに塗り替えられたものだった。寒冷地の名機とされたこのRc型は米国やオーストリアでもライセンス生産され、各地で活躍した。下の写真上はワシントン⇔ボストン間のメトロライナーを牽く米国でのライセンス機、下はスウェーデンのオリジナル機 Rc だ。左側の上下二葉は、それぞれ機関車直後のデッキから同じアングルで撮影したものだ。


Die schwedische E-Lok der Baureihe Rc von SJ (unten) hält auch bitterer Kälte stand. In den
USA zieht eine in Lizenz gefertigte "amerikanisierte" Rc u.a. den Metroliner von Amtrak (oben).

写真右上のボストン南駅に停車中のアムフリート Amfleet 型という断面の丸い軽量客車とは対照的に、本家スウェーデンの Rc はいかつい元 SJ の寝台車群を従えていた。その大型客車の放列のほぼ中央に「それ」はあった。赤とクリームのTEE色から塗り替えられてこそいるが、それはまさしくドイツ往年のトップスター、そして今は幻の名車となったドーム車だった。大陸欧州の標準軌客車は日本や英国のサイズから見ると充分巨大だが、スカンジナビアの客車は更に大きいので、この凸凹編成は荒くれ男共にがっちりガードされた細身の美女 (姥桜だが) の如し。予約した寝室に荷物を放り込むのももどかしく「美女」のところに馳せ参じたが、朝6時までは閉鎖という。夜中も開放すると、ガラスの天井を通して満天の星屑を眺めながら特等席で寝ようという輩が蝟集して朝来てみたら寝乱れた高鼾の学生達に占領されているという有様では一般客は朝食も取る気にもなれないからだろう、と頭では理解し、30年越しの恋の成就を目前におあずけを喰った気分でとぼとぼと自室に戻った。



Ein fahrender Wintergarten - der Aussichtswagen
AD4üm-62(später in ADmh 101 umbenannt)
 翌朝ほぼ6時ぴたりに体内時計が鳴った。カーテンを開けると外は一面の銀世界、そろそろ北極圏に入る頃だ。早速ドーム車に直行した。これが目的でここまで遥々来たのだ。ドーム両側の平屋部分の一方は個室(コンパートメント Abteilwagen)になっており、DB の 60-70年代当時標準的な1等個室がタイムカプセルのようにそのまま使われていた。他方の平屋部分はラウンジ、これも写真で見たオリジナルのままだ。


上:線路両側から満天までぐるり全面の大パノラマが高速で流れ行く中での朝食は爽快だ
下:2階建てでは無くハイデッカー構造なので、段差は僅か4段だ。
Aussichtszimmer mit Kuppeldach (oben) und Salon (unten). Da es sich nicht
um einen Doppelstockwagen handelt, gibt es nur wenig Höhenunterschied.

ドーム室は本号冒頭や上の写真のように細い補強材以外は全てガラスという、如何にもドイツ人らしい徹底ぶりだ。ドイツの一軒家には、寒くて庭に出れない冬期にも庭の開放感が楽しめるよう Wintergarten (冬の庭) という、庭に張り出した三方ガラス張りの小部屋を設けたものがある。一面の銀世界の中を疾走するガラス張りのドームにいて、ふと「こいつは走る Wintergarten だな」と思った。


Im Vergleich zu den 1962 gebauten ersten drei Wagen (links) wurden bei den zwei 1963
hinzugefügten Wagen (rechts oben) die Fenster vergrößert um den Fensterrahmen zu
reduzieren und eine bessere Aussicht zu gewähren. Der Aussichtswagen, der heute am
Rhein entlang fährt ist ein 1. Kl.-Wagen der SBB (rechts unten) mit gekrümmten
Fenstern, der aber nicht mehr den Eindruck eines "besonderen Wagens" macht.

DB の5両のドーム車中、1962年に投入された最初の3両は前後方向に8枚の平面ガラスがずらりと並んでいたが、翌年の増備車2両は一枚当たりの窓の長さが倍増した代わりに枚数は前後方向4枚に半減した為横方向の窓枠が半減し、視界がより向上した。 上の写真は62年型小窓車 (左上。左下はスウェーデンに譲渡後の姿) と63年型大窓車 (右上) それぞれの模型だ。ドーム車付ラインゴルト号は62年の登場時は紺・ベージュのツートンだった (左上) が後に赤・ベージュのTEE色に塗り替えられた (右上)。今日、かつてラインゴルト号が走った区間を定期運行する唯一の展望車はスイス連邦鉄道SBBから乗り入れるハイデッカー1等車 (右下) のみだ。技術の進歩で巨大曲面ガラスが採用されたが、TEEドーム車よりはぐっと大衆化された印象だ。



Märklin hat den Aussichtswagen aus schwedischen Zeiten als Spur
H0 Modell unter dem Namen "Tiere des Nordens" herausgebracht.

DBドーム車のTEE時代の模型は多いが、スウェーデン時代のものは面白いペイントにもかかわらず余り模型化されていない。上の模型は「北国の動物達 Tieren der Norden 」という商品名で限定生産されたドーム車3両 (ヘラジカ・北極熊・キタキツネ) と専用塗色のRc型機関車のH0模型のセットで、入手に難儀したものの一つだ。今日はネットのお陰で万人と万人が直接結ばれ、このドイツ製の模型もアメリカの片田舎で見つかった。何でもありのネットの世界では、今自分が 交信している相手がどんな魑魅魍魎なのかわかったものではない。今のところネット取引での事故は無いが、高額の場合は直接売主に電話して話しぶりや鉄道への造詣をそれとなく確かめる事にしている。



DBドーム車が手本としたカリフォルニア・ゼファーの展望車内部。
かなり印象が異なり、こちらは屋根ガラスのついたロフトという感じだ。
Der California Zephyr als Vorbild des DB Aussichtswagens ist im Gold Coast
Railroad Museum zu sehen. Etwas enger als der großartige deutsche
Aussichtswagen, der eigentlich für "1st Class only" TEE Luxuszug gemeint war,
wirkt der "gutbürgerliche" Amerikaner wie ein Loft mit Dachfenster.

DBドーム車が範とした米国横断列車の代表、カリフォルニア・ゼファー California Zephyr (カリフォルニアのそよ風号、以下「CZ」) がフロリダの Gold Coast Railroad Museum*に保存されているので比較の為に紹介する。DBドーム車はCZと比べると ①窓枠も細いうえ天井まで総ガラスで開放感が大(CZは窓枠が太く通路上部は金属天井) ②ハイデッカー構造 (下層階は貨物・郵便室) の為ドーム部分は通り抜け可能 (完全2階建のCZの2階展望室は行き止まり) ③全1等車の豪華列車への連結が想定されていただけに設計思想もCZより高級志向で、座席は横3列 (1+2、CZは2+2の4列)、照明はシックな卓上灯のみ (CZは通勤電車のように天井から蛍光灯で車内全体を照らす) だ。尚、旧ソ連圏で造られた展望車 第12話 参照) はCZのコピーに近い。



早朝のドーム車の端の席に北極圏の弱い朝日が射し込む
Am frühen Morgen strahlen die schwachen Morgen-
sonne am Polarkreis durch das Kuppelfenster.

早朝の北極圏を走る旧DBドーム車に話を戻す。ドームには先客が一人。CZより一回りも大きい、しかしドイツ式にしっかり硬い座席に座った。両横から真上までガラス張りなので極地の雪景色のパノラマがより寒々と感じられ、反比例して暖かいものが欲しくなりタイ風スープとパンで朝食を採る。円換算で 500 円位だったと記憶するが、日本の食堂車では考えられない安さだ。人口密度が低く、かつ付加価値税 (日本の消費税に相当) が 20% 以上 (!)の北欧ですら日本の食堂車より安いという事は、場所代が違うとしか考えられない。この日、この年代物のドーム車には、30年越しの希望が叶い「幻の名車」に遂に乗ったという満足感に密かに浸り、巨大なガラス部屋の外を流れ行く銀色の大地を陶然と眺める乗客が、少なくとも1名いた。



上:サロン室の壁灯はドイツの田舎のレストランで時々見かけるデザインだ。
下:倉庫の入口(左)とその内部(右)
Der Salon (oben) und das Lager unter dem Aussichtszimmer (unten)
 仔細に観察すると椅子のカバーは所々破れ、木目の化粧版も一部波打っていて40余年の車齢は隠しようもないが、予算が無いのかそのままになっている。倉庫となっている階下を車掌に見せて貰うと状況は更にひどく、腐食がかなり進行していた。しかし改修予算が無いばかりにこのような鉄道文化遺産を廃車にしてしまうよりは遥かに良い。


Rc形機関車(左下)牽引の長い列車がスカンジナビア半島を一路北に向かって走る。
ドーム車から屋根越しに前方 を見ると、ドイツ規格のドーム車と一両前前隣の
スウェーデン規格の寝台車との車両断面の違いが良くわかる(左上)。
Immer weiter Richtung Norden

Tågkompaniet 社の合理化は徹底しており、例えば車掌は車内検札やホームの安全確認のみならず食事時間にはビュッフェの店員まで、日本の労働組合が見たら目を剥きそうな位一人何役もきりきりとこなしていた。北極圏の景色は美しいが単調だ。そこで展望車だけではなく、映画車* も存在する。bio på tåg というらしいが、乗車機会が無かったのでこれも模型の写真のみ貼付する。



Wegen der langen Fahrtzeiten gibt es sogar einen Kinowagen.

スウェーデンの鉄路には意外と名車・名機が多い。上記の他にも Dm3 という、日本のEF57を3重に連接構造にしたような、しかも蒸気機関車顔負けのロッド付の怪物機も有名だ。出力7200kwで5200トンの超ヘビー級列車を牽引して山越えをするというから只者ではない。同時期の日本最強のマンモス機EH10の定格出力が2530KW、1200トン牽引の性能で人々の度肝を抜いたのだから、Dm3の性能の破格さがわかる。

*Dm3: 旧塗色 新塗色


Die Dm3 (Baujahr 1960)war mit seine Leistung von 7200kW
lange Zeit die weltweit stärkste Lokomotive. Die stärkste E-Lok
Japans EF200 (Bj 1990) bringt eine Leisung von "nur" 6000kW.
 この Dm3 も遥か北極圏で運転されているだけということで諦めていたのだが、考えて見るとここはその北極圏だ。キルナの鉱山からノールヴィックの港まで鉄鉱石は鉄道輸送するのではないか。そうだとするとそんな重い列車を牽くのは・・牽く事ができるのは・・用途が限定される筈の巨人機が必要な路線は・・ひょっとすると・・ひょっとするか・・?と、交換停車中にはっと思い当たり、子供と遊んでいたトランプを放り出して窓に貼り付いた。待つ事数分、ノルウェー方向からずどどどどど・・・と地響きと共にやって来た長大な鉄鉱石列車 Erzzug を率いて来たのは、果たして 伝説のマンモス機Dm3 だった。


Die Dm3 zog den Erzzug von Kiruna bis ins norwegische
Narvik und erinnerte mit ihren Stangen an eine Dampflok.
 あ!と凍てついた窓ガラスがめり割れんばかりに顔を押し付け、ムカデの化物のような12軸の巨人機が通り過ぎるのを頬の冷たさも忘れて眺めた。不気味な車体に合っていた、あのユカギル・マンモスのような茶色一色から今風の青・赤・黒の派手な塗り分けにされていたのだけが、如何にも古い車体に厚化粧で却って古臭く見えて残念だった。Dm3 との一瞬の遭遇の後、私の興奮の余韻を引きずるように、(積出港から戻りの列車なので) 全車空車回送の無数の貨車の放列が、いつ果てるともなくタタタタ・タタタタ・タタタタ・・・と規則正しい音と共に流れ続けた。

この後、古豪 Dm3 は 2000年に投入が開始されたAdtranz 社 (現 Bombardier 社) 製の IORE*という、出力 10800 kw(14400 馬力)、8160トン牽引、長さ 46 m のおそらく世界最強の機関車に置き換えられてしまった(尚この IORE は長大車体に3軸台車x4という構造が災いして急カーブが苦手で、運行開始早々に脱線事故を起こしている)。ちなみに脱稿日現在日本最強の機関車EF200の出力は IORE の約半分、半世紀近く前の Dm3 にすら及ばない6000kwだが、それでも地上給電設備が追いつかず大量増備に至っていない。



峠を越えノルウェー領に入ると車窓の景色は立体感を増し、
フィヨルド沿いに海まで一気に駆け降り、終点 Narvik に至る。
Überquert man den Bergpass und gelangt in Norwegen eröffnet
sich eine dreidimensionale Landschaft, entlang der Fjorde
geht es schnurstracks ans Meer zur Endstation Narvik

途中ボーデンで乗換え、雄大かつ茫漠としたアビスコ (晴天率が高くオーロラ観測で有名) を経て急峻な山に分け入り、いつの間にかノルウェー領に入りフィヨルドに沿って山を駆け下り、欧州最北 (資料によっては世界最北) の鉄道駅 Narvik に到着。旅客はここが終点だが、線路は少し先にある鉄鉱石積出港まで続いている。不凍港かつ資源積出港に恵まれたばかりに、この静かな町は第二次大戦当時ナチスドイツ艦隊の猛攻撃を受けて壊滅した気の毒な歴史を持つ。鉄鉱石列車のスジがわからず (今思えば駅員に聞けば済む話だった) Dm3 が群れを成して待機している筈の鉄鉱石積出港の場所もわからなかった (これも今思えばタクシーで寄って貰えば良かった) ので、宿から240ミリ望遠写真で写した豆粒のような写真 (下の写真左下) で良しとする事にした。



左上:Narvikで機回し作業中のRc型機。
地図を眺めていたら、付近にたった一文字「Å」という
名前の村があった。集落入口の道路標識を見てみたかった。
Narvik. Im Hafen in der Ferne wird Eisenerz entladen und man
erkennt links unten gerade noch eine bunt bemalte Dm3

この一帯へのご旅行をお考えの方にアイスホテルについて簡潔にご紹介する。 ICEHOTEL* は冬季のみ出現する、泊まる事のできる雪と氷の芸術品だ。スタンダード室は単なる人間冷凍庫なのでやめよう。世界各地の氷の芸術家が宇宙 (左上)、スフィンクス (右上)、バイキング船(左下)等をモティーフに銘々に腕を競うジュニア スイートがお勧めだ。日本の一部類型のホテル顔負けの独創性だが、部屋は選べない。札幌雪祭りで毎年高度な氷の芸術を披露する自衛隊が参加すればどんな部屋を造ってみせるだろうか。スイート (右下) は広いだけで内容はオーソドックスだ。氷のシャンデリアや氷の応接セットもあるが、痛いような冷たさで1分と座っていられない。



In der Junior Suite und Suite des Icehotels in Jukkasjärvi
wetteifern die Eiskünstler um die schönsten Eiswerke.

サーメ人部落の訪問、スノーモービル、そり遊び、サウナで温まった後氷を切り割った穴から凍てつく川にジャンプ等(下)、極地系アトラクションも充実している。氷でできた家具やグラスもここならではだ。但し、暖房を入れるとこれらの造作も部屋ごと溶けてしまうので、体温維持の為客は寝袋で寝る。寝袋の中は過去の無数の宿泊客の汗と体臭が篭って臭いうえ朝起きたら全身が痒かった。氷責めにダニ責めまで加わっては降参で、急遽方針を変更して二泊目からは天井がガラスになったコテージタイプの、そして普通に暖かい「オーロラルーム」に移った。ここは運が良ければ寝ながらオーロラを鑑賞できるというのが売りだ。



左上:近距離移動用のキック式の橇。下:温泉に非ず、氷の下は川で身を切る冷たさの
水が流れている。もし氷の下に流されたら春まで戻って来れないので、必ずガイドと
共に飛び込む。この後、風呂で温まり、素裸で雪原に転がる、と極地のメニューは続く。
Oben: Tretschlitten für kurze Strecken und ein vom Rentier gezogener Schlitten
Unten: Achtung, kein Onsen (heiße Quelle)! Unter dem Eisfeld befindet sich
Flusswasser. Wenn man von der Strömung unter dem Eis fortgetragen würde,
gäbe es bis zur Schneeschmelze im Frühjahr kein Entrinnen, darum darf man
nur gemeinsam mit einem "Badeleiter" ins bitterkalte Nass springen.

オーロラには一度だけグリーンランド西海岸の Illulisat で遭遇した事がある。満天漆黒の夜空を、高さ数kmはあろうかという途方も無い青緑色のカーテンが音も無くはためく美しさは神々しくさえあった。暗いのに動きが速いので撮影の為に分厚い手袋を外さざるを得ず、外すと忽ち肌が氷点下30度の冷気に晒され手の中の血液がシャーベット状になりそうで、この美しい一瞬を切り取る作業は時間との戦いだった。シャッター速度が遅いので下の写真はぼやけているが、肉眼では光のカーテンの裾の細かな襞まで見えた。あの時のような苦痛も無く、ぬくぬくと暖かい部屋で寝転がりながらガラス張りの屋根を通してオーロラの無言のはためきを見る事ができれば、どんなに素晴らしいだろう。



Als ich bei den Aufnahmen des Nordlichts in Illulisat die Handschuhe auszog, wäre mir das Blut
sofort fast zu Sorbet gefroren. Im Icehotel gibt es ein "Aurora Room" mit Glasdach, wo man
das Nordlicht warm und gemütlich genießen kann – nur wenn man Glück beim Wetter hat!
 だがこの夜、天をぎっしり覆った雲は遂に晴れなかった。ネットのオーロラ情報が正しければこの日、雲の上ではオーロラがはためいていた筈だったのだが。しかし捨てる神あれば拾う神あり。オーロラルームやロビーでオーロラが斜めに激しく降り注ぐような図柄の大きな壁布を目にして、その大胆な構図に目を奪われた。フロントで尋ねると親切に作者の名前と連絡先まで調べてくれた。地元の芸術家だった。


上からオーロラ、サーメゲート、ユッカスヤルビ村
(左端にアイスホテル、右端にサーメ人集落)、旧TEEドームカー、
そして怪物Dm3。北極圏のオールスター総登場だ。
Von oben: Nordlicht, Lapporten, und das Dorf Jukkasjärvi (links das Icehotel,
rechts eine Siedlung der Samen), ehem. TEE Aussichtswagen und
die Monster-Dm3. Alle Stars des Polarkreises auf einem Bild!
 帰独後早速その地元 Kiruna の芸術家 Gunnel Tjäder 氏に連絡を取り、彼女の作品をいくつかメールで見せて貰ったところ、「青の Jukkasjärvi」と題する一枚が目に留まった。構図はロビーに飾ってあったものより大人しい。寒色に輝きながらはためくオーロラとアイスホテルのある Jukkasjärvi 村が一枚に収まっている構図は観光土産臭くはあるが、ある企みが閃いてこれを買う事に決めた。ついでに約100キロ先にあるアビスコのシンボル、サーメ・ゲート (巨大な丘の中央が隕石が落ちて吹っ飛んだような形をしている) もあるといいのだが、とワガママを言ったら、追加料金無しで描き足して送ってくれた。Tak! (ありがとう) 「企み」といってもささやかなもので、極光の下を行く、今は亡き最北の鉄路のスター達を、日本で再現しようというものだ(上の写真)


Lapporten (Lappenpforte): Auch in der Nähe des aufgrund der vielen
klaren Tage als Aussichtspunkt für das Polarlicht berühmten
Abisko Nationalparks bietet sich eine erhebende Aussicht
 冒頭のドーム車はこの後程なく Tågkompaniet 社を除籍となり、一部は祖国ドイツに里帰りし、ノスタルジー列車として余生を送る事になった。この先故郷で遂に車齢が尽きてもスクラップにされず、鉄道文化遺産として末永く静態保存される事を願う。

次号は独ヴッパータールからお届けする。

Nächster Halt: Wuppertal

 
     
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本連載の画像・音声・動画は引用注記の無い限り筆者が撮影・録音。
資料は各脱稿日現在の該当会社・団体のHP、WikipediaWebsite über die schnellsten Züge der Welt 各所掲のデータを参照したもので、それ以上の検証は行っていない。
意見にわたる箇所は全て筆者の私見である。
   
 
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