Trans Eurasien Expreß seit 2002

 
erscheint i.d.R. vierteljährlich und behandelt bedeutende und/oder interessante Eisenbahnen und sonstige Transportmittel in der Welt, mit Vergleichen zwischen Japan und dem Ausland, Geschichts- und Kulturvergleichen - je nach Thema der Ausgabe. Alle Fotos, Ton- und Videoaufnahmen wurden vom Author selbst aufgenommen, soweit keine fremde Quelle ausdrücklich vermerkt ist.

Mikio Tanaka

 
     
   


 
31. 霧雨に煙る英国の山中で麗しのシェフィールド74号を愛でる
今回の取材地:


Southampton 45号階上席。このようなカタツムリの目のような
ライトは初めて見た。夜間は2階席の照明も兼ねたのだろう。

1. クライチへの道

産業革命を初めて経験したのが英国なら、その帰結として労働者人口の大量流入に伴う交通渋滞等の都市問題を初体験したのも英国だった。当時のロンドンの Ludgate Hill 人馬のカオス的洪水の絵* は、大量輸送手段がまだ無かった産業革命直後の都会がどういう状況におかれたかを雄弁に物語っている。地下鉄という抜本的解決策が導入されるまでは、乗合馬車を2階建にし (2階建乗合馬車は上記 Ludgate Hill の絵にも描かれている)、また登場したばかりの路面鉄道 ( tram / street car 、当初は馬で牽引) も早速2階建にして輸送力確保に努めていた。長距離移動も徒歩が原則、騎馬や駕籠が贅沢な交通機関だった明治初期の日本から視察にきた維新の元勲達は、この世界最先端の乗物に一般市民が普通に乗っている現実を見て、改めて攘夷の無謀を悟った事だろう。この2階建トラムは、英国が工業化による国力増大で獲得した海外植民地にも広がっていった。今日も現役の香港のトラムはこの流れを汲む。



香港の交通機関に今日も残るイギリスのDNAは2階建トラム(左)だけではない。
右:屋根に遮熱板の付いた「的士」の車種はトヨタでも、後部ナンバープレートの
色やフォントの形、それに白黒縞棒+球形ランプの横断歩道標識灯も英国規格だ。
 地下鉄の登場で2階建トラム (註1) はその役割を終えたが、産業革命直後という過渡期に咲いたこの文明の花を各地から集めて動態保存する博物館がある。英国 (註2) 路面電車博物館 National Tramway Museum* だ。クライチ Crich というやや交通不便なところにあるので在英中行きそびれた。東京から行こうにも、海外出張は案件が盛り上がっている時に入るし、そもそも仕事と趣味の混同はタブー (註3) だ 。だが自費参加のシンポの場合は全く事情が違う。パネラーでもやらされない限り特段の準備も要らないうえ数ヶ月も前から日程が決まっているので、「応用」が可能だ。今号はアテネでシンポがあった際、東京からの往路ロンドンで途中下車 stop over して捲土重来を果たした、クライチ道草記である。
 
(註1) 明治の大阪でも「二階付電車」が導入されたが、沿線住民からの「2階家屋を覗かれる」との苦情で廃止されたという。大阪市交通局5号車の レプリカ が大阪市電保存館で静態保存されているが、何と非公開だ。
(註2) この博物館は国有でも国営でも無いので、National は「全国」程度の意味と理解しこう訳しておいた。
(註3) せいぜい早起きして(どうせ時差ぼけとメールチェックで4時位には起きるのだが)朝食前に近くの駅にタクシーを飛ばして列車ウォッチングをしてくる「朝飯前」程度が関の山だ。本連載の新しい写真の大半が駅撮りなのはその為だ。


英国の旅の楽しみの一つは古い(中には室町末期築というのすらある)農家や小城を改造した
B&B に泊まる事だ。最寄の村 Matlock B&B は古い教会のチャペルを改造した建物だったので
部屋の窓もこの通り。何かと言われる英国食だが、田舎で食べる
full English breakfast は悪くない。

クライチ* はダービー Derby の北方約18マイルの Peak District の丘陵地帯にあり、ロンドン・ヒースロー空港 (以下LHR から渋滞が無ければ車で3時間半もあれば行ける。欧州最大の旅客取扱量を誇る大ハブ空港・LHR は小都市も含め欧州各地と直行便で結ばれている。成田からの便は皆夕刻に LHR に着くので、現地で1泊さえすれば翌朝見学後その足で空港に戻り、プラハだろうがアテネだろうが欧州の大抵の目的地にその日のうちに着く事ができる。便利な世の中になったものだ。 (註4)

 
(註4) ぎりぎりの日程を組むとついアクセルに力が入ってしまうが、最近の英国は監視カメラ密度が高く、目立つ黄色に塗られたカメラ脇を通過して安心して加速しようものなら今度は橋脚下の保護色のカメラが真上からコンニチワという時間差攻撃にも備えが必要だ。


左:アールヌーヴォー風ステンドグラスが美しい Crich Town End 駅の傍で発車を待つ
Leeds 180号と
Johannesburg 60号。右:Stephenson Place 駅に到着した Sheffield 74号。
2. 博物館

この博物館の歴史は、後出の Southampton 45号を後世に残す為に立ち上がった男達がスクラップ化寸前に10ポンドで購入した1948年に遡る。今では英国各都市のみならず、独・蘭・葡・洪・米・豪・南ア (註5) から 約60両が殿堂入りし、うち約1/3が動態だという。1962年に法人化された同博物館は教育的慈善団体の認定を受けているものの、国や州からの補助金は受けず、入場料収入・各種基金の支援・パトロンとなった Gloucester 男爵からの大口寄付で賄われている。また、少数の技術者は雇用しているものの、ボランティアによる運営だという。単なる一時のブームではなく、多額の寄付やボランティアという形で社会的支持が継続的に得られるという文化的背景があるからこそ、英国には保存鉄道が数多く存在できるのだろう。 (註6) (註7)

 
(註5) ほぼどこでも見かける日本人観光客をここでは1人も見かけなかったが、日本からの古典電車の1両も置けば状況は変わるだろう。
(註6) 近辺では MatlockPeak Rail という蒸気機関車と古典ディーゼル主体の保存鉄道もあるようだ。
(註7) 日本で古典車両を最も本格的に運行しているのは大井川鉄道というプロの鉄道会社だし、高千穂あまてらす鉄道も最終的には台風被害で廃線となった生活路線の復活を目指すものであるように思われ、性格が異なる。片上鉄道保存会羅須地人鉄道協会のように純粋にアマチュアの鉄道愛好家の手だけでの鉄道運行を行う団体もあるが、この種の活動に多額の寄付を息長く続ける文化土壌が無い中での奮戦は並大抵の苦労ではないだろう。


現役当時走っていた街の市章を眺めるだけでも楽しいし当時の主要産業
まで推測できてしまう。左からブラックプール、グラスゴー、リーズ。
3. 路線探訪

Crich Town End は唯一の始発駅 (反対側の終点では客扱いしない) で、同駅起点 (以下同じ) 約30m地点には Stephenson Place スティーヴンソン広場駅があり、復路はここが降車駅となる。Stephensonとはワットの蒸気機関を応用し ロコモーション号*(註8) ロケット号*(註9) を開発し「蒸気機関車の父」と尊称された鉄道技師ジョージ・スティーヴンソン George Stephenson*の事で、彼が商売気を出して石灰石輸送に挑戦して建設した線区の一部が、今日この博物館の路線となっているという縁からの命名と思われる。この一帯は明治期の英国の町並が再現され、時々民族舞踊等のイベントも開かれる。古い町並自体は英国では珍しくもないが、路面電車という都会の乗物に相応しい都会のセットが山中に忽然と現れる意外感が良い。

 
(註8) 1825年、ストックトン&ダーリントン鉄道 Stockton and Darlington Railway で世界初の営業列車(貨物)を牽引
(註9) 1830年開業のリバプール&マンチェスター鉄道 Liverpool and Manchester Railway で世界初の定期旅客列車を牽引


1931年(昭和6年)製の
Leeds 180号は Horsefield (馬場)との愛称があったという。
おそらく真上から見た形が半円と直線を組み合わせた馬場の形をしているからだろう。
写真左は階段室で、写真右のドアがその出入口だ。この部分の構造は車両により様々だ。

200m地点に車庫への分岐があり庫内は見学自由だ。静態保存車を展示する博物館も併設してあり、そこには蒸気トラム (1885年英国製、シドニーから戻ってきた)馬車トラム* もある。前者はもう動かないが、動く蒸気トラムを体験されたい方は、南独バイエルンの白鳥王ことLudwig II世第23話参照) が仏ヴェルサイユ宮の向こうを張って建てたヘレンキームゼー Herrenchiemsee 城の観光客輸送に活躍している キーム湖鉄道* Chiemseebahn はトラム型ミニ蒸気機関車を保有し一部区間は路面を走るので、こちらを訪ねると良い。馬車トラムは動かさないのか尋ねたら、馬の貸出料がかかるので簡単にできないとの回答だった。馬の貸出料がいくらか知らないが、ボランティアの奉仕精神に支えられた、厳しい予算で博物館が維持されている事だけは確かなようだ。



TVや映画の撮影にしばしば使われるという
Johannesburg 60号が車庫に戻る。桟の多い
木枠窓と、二階両端の屋根付バルコン席には、コロニアル建築に通じる風韻が漂う。
日本海海戦が行われた1905年製というのは、ここでは若造の部類に属する。

280m 地点には沿線のランドマークというべき壮麗な Bowes-Lyon Bridge があり、HPによると移築後の開通式には英国の運輸大臣が出席したという。370m地点の Victoria Park 駅は入園ゲートに最も近い。ここから先は単線となり、林の中を巨大トラムが進む不思議な構図となる。二階席がオープンデッキ構造のトラムに当たれば屋根上で森林浴と洒落込む事ができる。下の写真は Southampton 45号で、ポール式の集電装置は感電防止の為厚い絶縁膜で覆われている。階段部分に 「Bargate Arch をくぐる際は着席し、決して架線に触れるな」 との警告文が残っている。二階席で手を伸ばせば触れる位置に架線があったのだろう。車内 (車上?)では、1世紀以上昔の制服を纏った車掌から、今日殆ど見かけない1ペンス硬貨 (入場口で受け取る) で当時のデザインの切符を「買う」儀式が行われるのも、ちょっと楽しい。



Southampton 45号・階上の悦楽。左:これ以上の風通しは望めない。階段下に運転手の制帽が見える。
中:屋根上の検札風景。高圧電流が通るトロリーが眼前にある。右:舳先のような最前席からの眺め。

林を抜けた 850m 地点には Wakebridge 駅がある。ここでは上下線電車のタブレット方式による交換が行われる。駅を出発すると再び単線となり、左側は Peak District の美しい沃野、対する右側は採石場跡の殺伐たる景色と、左右の落差が大きい。終点 Glory Mine 駅は1280m 地点にある。森の中の何も無い所で乗降はできない。トラムの2階席は (オープンカーを除き) 大半は手動転換式クロスシートなので、車掌の指示で乗客は各自で椅子の向きを変える。線路は更に 500m 程続いているが、草に埋もれとても走れるような状態ではない。



単線区間にはこの黄色いタブレットを持っている運転手のみが進入できる。上の2枚の写真は
共に
Wakebridge 駅での交換風景で、左からLeeds 399号、Sheffield 74号、Glasgow 812号。

1925年 (大正14年)Leeds 399号の白枠の窓がぎっしり並んだ二階部分 (写真左下) だけ見るとビルの一部のようだ。車内はウッディでいい感じだ (写真右下)。2階先頭部分の座席配置は複雑だが、階段室の上部も座席にする等、一人でも多く座れるよう苦心の跡が窺える。写真右下の左側ドアが階段室入口で、ドアを開けたら壁に取り付けた階段手摺に連続するようドアにも手摺が斜めに設置されている。中央の窓の行先表示幕の下にある小屋は小洒落たデザインの待合室だ。


4. クライチの女王 Sheffield 74号

この博物館のコレクションは珍しい美車が多く宝石箱のようだが、ひときわ輝いているのが Sheffield 74号だ。装飾を凝らしたこの車は (ユニークな美車にありがちな事だが) 幾多の標準化改造を経て、廃車後は1階部分のみが公園の東屋になり果てていたところを発見され、オリジナルの状態に復元されたという。つまり2階部分は全てレプリカという事になるが、人体も新陳代謝で細胞の大半が入れ替わっても同一人物なのだから、細かい事は言うまい。Sheffield 74号には是非乗りたかったので、立寄る予定の日に同車のお出ましはあるかと、東京から出発前に博物館に確認したところ「英国に立寄る唯一の目的が当博物館訪問という熱意を買わんでもないが、当日の天候次第だ」という挨拶だった。

天気次第という意味は現地に行ってすぐにわかった。Sheffield 74号は階段部と運転席には屋根が無いので、ボランティアの運転手をずぶ濡れにさせる訳には行かないのだった。生憎当日は雲量10、しかも時々小雨がぱらつき、折角走っていたオープンカーの Southampton 45号も車庫に帰ってしまった。あー残念…と暗い車庫で Sheffield 74号をどんよりと見上げていたら、博物館のスタッフの形をした天使が突然現れて聞いてきた。「お前が東京からメールを寄越した奴か?」「そうだよ、良くわかったね。」「他にアジアの客はいないからね。こいつが動くのが見たいんだろ?もう少し待ちな。」「それは嬉しい」という出来過ぎた展開を経て、車庫で眠っていた Sheffield 74号が遂に目覚めた。トロリーを上げて通電し点灯試験 (左上の写真) の後、吊り掛けモーターの音も勇ましく出庫し、Crich Town End 駅まで回送された。右上の写真は僚機 Leeds 399号の前で出番を待つ Sheffield 74号。

この電車の雅やかな美しさはどうだ。現役時代の遠い昔、産業革命直後の空気の汚れた霧の都の中を、ごった返す人馬の洪水を睥睨しながら (或いは掻き分けながら) 進んだであろうこの車が、今は美しくレストアされて21世紀の林の中を軽やかに駆ける様子は、実に絵になる。望遠 (左上) ・広角 (右上) 両レンズで捉えてみた。

Sheffield 74号は全体のシルエットだけでなく、個々の小道具も実に美しい。左上の写真のように、階段の裏側まで手抜きが無い。右上の写真は1階の天井部分だ。二階の重さを支える為組まれた木の梁の放列、ユニークな形の窓、そしてスズラン形の照明カバーが独特の雰囲気を出している。写真↑左下は2階天井の様子だが、こちらは逆に軽量化の為シンプルな構造となっているが平版にならないよう装飾が描かれている。写真↑右下は運転台後部の装飾。



 
後部ドアは開放。階段下に
シンプルな運転台が見える。
前方(扉閉)
 
         

舐めるように観察した後はいよいよ試乗だ。この車に限らないが、走行中は急制動に備えて2階席前方階段のドアは閉められ Southampton 45号のようにドアの無い車ではロープが張られる) が、後方階段はドアを開け放ったままだ。車内を吹きぬけるそよ風と共に、森の景色と気持ちのいい時間が流れる。下の写真左側2階席の子供も、その下で交換待ち中の運転手も、満ち足りた良い表情をしている。ここは大人・子供を問わず、鉄道ファンでなくても遊園地感覚で楽しめる素晴らしい野外博物館なのだ。


同じく子供がかぶり付いている写真をその隣に並べたがこれは既出 Johannesburg 60号だ。同車2階両端部分は吹き抜けの屋根付テラス席になっており、文字通り風流だ。CITY 行きとなっているが、町どころかここ Glory Mine 駅から先は急に草深くなり、このまま進めばナルニア国にでも行ってしまいそうだ。STAD-CITY とあるのは南アフリカで現役当時の表記で、アフリカーンス語との二ヶ国語表記なのだろう。この言語は オランダ語に近い* と聞くが、成程隣国ドイツ語の STADT に似ている。

 写真右上は Bowes-Lyon 橋に向かう Sheffield 74号。アーチに二階部分が接触しないよう橋の真下は上下線共に線路が道路中央に寄る為、上下線がこの区間だけ一部跨ぎ合うボトルネック区間だ。今は歩行者のみが渡る橋上部分はかつて馬車鉄道が走っていたそうだが、ゆくゆく「本線」から分岐させて橋の上まで急カーブの支線を伸ばす計画もあるという。そうなると二階建て車両同士の立体交差シーンが見られる事になる。是非実現して欲しい。と口で言うだけでは無責任なので、ささやかな寄付をしてきた。

小雨にもかかわらず Sheffield 74号を出してくれた博物館の皆様のご厚意に、この場を借りて厚くお礼を申し上げる。

 稀有な鉄道文化遺産を堪能後、レンタカーを飛ばして LHR に戻り移動を再開した。その夜、暖かい南国の夜気に包まれたシンタグマ広場脇のタヴェルナで ウゾ* を舐めていると、同じ日に薄寒い英国の山中で小雨に濡れつつ vintage trams と戯れていたのがウソのように感じられた。

次号第32話もトラムだが場面も役者も一転、椰子の生い茂る常夏の島を行く未来的デザインのスイス製トラムのレポートをお届けする。

 
(2009年2月)
 
本連載の画像・音声・動画は引用注記の無い限り筆者が撮影・録音。
資料は各脱稿日現在の該当会社・団体のHP、WikipediaWebsite über die schnellsten Züge der Welt 各所掲のデータを参照したもので、それ以上の検証は行っていない。
意見にわたる箇所は全て筆者の私見である。
 
 
     
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