Trans Eurasien Expreß seit 2002

 
erscheint z.Zt. vierteljährlich und behandelt bedeutende und/oder interessante Eisenbahnen und sonstige Transportmittel in der Welt, mit Vergleichen zwischen Japan und dem Ausland, Geschichts- und Kulturvergleichen - je nach Thema der Ausgabe. Alle Fotos, Ton- und Videoaufnahmen wurden vom Author selbst aufgenommen, soweit keine fremde Quelle ausdrücklich vermerkt ist.

Mikio Tanaka

 
     
   


 
40. 木造車よ永遠に

- Soller 鉄道 II - 木造車残照 -
今回の取材地:
マヨルカ島
ノルウェイ


堂々7両編成の木造列車、車齢83年、発車1分前。

山越えという鉄道車両にとって最も負荷の大きい労働に毎日従事する Sóller 鉄道* の開業は1912年 (大正元年) なので今年 (2012年) は100周年という事になる。当初から電化されていた同鉄道・軌道線 第39話参照) と異なり鉄道線は当初蒸機運転で、現在の木造電車は世界恐慌が始まった1929年 (東京駅に八重洲口ができた年でもある) の電化当時のものというので車齢は83年という事になる。

島都パルマのスペイン広場からは、ソイェル Sóller 方面の Sóller 鉄道とインカ Inca 方面のマヨルカ鉄道が、道路1本を隔てたそれぞれの始発駅から北へ伸びており、並走区間もある【写真右】。車両も対照的 (マヨルカ鉄道の方は冷房完備の新鋭車だ) なら、パルマの駅舎も南国的な Sóller 鉄道【写真左】に対して無機質な地下駅のマヨルカ鉄道と対照的だ。我が Sóller 鉄道の方はパルマ出発後暫く路面軌道を走るが、7両もの大編成の木造列車がぞろぞろと道路中央を行進する奇観は、そう見られるものではない。


フル編成では機関車役の制御電動車 (JR式に表現すればクモハ) 1両が6両の無動力客車 (同・サハ) を牽引する、1M6T編成だ。サハの方は上の【写真下】のように転換式シートがずらりと並ぶ。クモハの方は車両中央の機械室を挟んで Sóller 側が木製ボックス席【写真左】、パルマ側がサロン形式のソファ席【写真右】に分かれ後者はかつて1等車室だったと思われる。つまり1・2等合造車 (同・クモロハ) だった過去が強く推測できるが、現在は1・2等の区別は無い。3種の車室はそれぞれに趣があり甲乙丙付け難い。またデッキ部分だけを比べても、オープンタイプで足元を流れるレールを楽しみながら涼む事のできるサハと蛇腹式の柵が風情のあるクモハ、いずれも捨て難い。乗車時間が1時間もあるので鉄道愛好家としてはこれらをハシゴするのが正解だが、クモハとサハの間は走行中の移動はできない。

【写真左】クモハ中央の機械室部分は窓が塞がれ、抵抗器と思しきものものしいメカを屋根上に担いでいる事も相俟って、重厚な機関車的雰囲気を盛り上げている。【写真右】車内同じ個所にある銘版から推測するに、電装品はドイツの Siemens 系のマドリッドの子会社が製造したようだ。


【写真左上】2丁の巨大パンタを振りかざし、6両もの客車どもを率いてぐんぐん進む先頭車は、電車というより客室付の機関車と形容できるほどの威容だ。この重厚さはとても僅か914㎜ (3フィート) ゲージの狭軌鉄道には見えない。【写真右上】走行中の客車のデッキでは「走るバルコン」的快適さとスリルを楽しめる。乗客のいない絵を撮影するのに苦労したほど人気のあるコーナーだ。もしここにぼろ椅子の一脚でもあれば、そこが特等席だ。【写真左下】オリーブ畑の中を木造電車が行く。場違いに快適なソファといい、エキゾチックな車内の意匠といい、一種童話的な光景だ。【写真右下】全線単線の為途中何箇所かある対向列車との交換の様子だが、こうして見ると木製車体がたわんでいるのがわかる。

【写真左】前号でも書いたが、このマヨルカ島には小島らしからぬ荒々しい山塊が天を衝き、このように怖気をふるう程の巨大な絶壁もある。Sóller 鉄道の Sóller 側の終盤区間は Sierra de Alfàbia 山脈を越える、かなり本格的な山岳路線だ。【写真右】3キロ近い Túnel Major (大トンネル?) を抜けたところに信号場があり、Sóller 行はここで約10分停車し、乗客に眼下の盆地に広がる Sóller の町のパノラマを楽しむ、ドイツでいう写真休憩 Fotopause の時間が与えられる (復路はそのまま通過)。トンネルが長い為か、隧道内で冷やされた空気が出口から間断なく吹き出しており、この停車位置までトンネルからの風が線路上を這って天然の冷房のように流れてくる。

パルマ発車後約1時間の旅を終えて終着 Sóller 駅に進入する4号機牽引の木造列車。駅には最奥部を除き屋根は無いが、巨木並木のトンネルが屋根代わりなのでこのように木漏れ日で斑模様の絵になる。同駅は鉄道線区間と (前号でご紹介した) 軌道線区間の乗換駅で、向かって左側が鉄道線の車庫 (転車台付)、右側が軌道線の車庫でリスボンから移籍してきたトラムが出番を待っている。軌道区間も軌間は同じだが、電圧が異なる (鉄道区間1200V・軌道区間600V) ので直通運転は行われない。



筆者の見るところ、Sóller 鉄道の最大のチャームポイントは、前号でご紹介した軌道線は海岸区間、今回ご紹介する鉄道線はこの Sóller 駅そのものだ (山中にある石製のアーチ橋も絵になりそうだが、訪れるにはレンタカーと十分な時間が必要だろう)。線路上空の枝は払われてしまうのが普通だが、ここではどういう工夫があるのか巨木の放列が列車に覆いかぶさるように伸び伸びと枝を張る事を許されている。木造車の艶のある表面には木漏れ日が海面のように揺れ輝き、頭上からは巨木の無数の葉が風にそよぐステレオサウンドが降りおり、そして辺りには木製車体のニスの香りが漂う。鄙の美を極めたような駅だ。

機関車方式が普及している欧州では終点での機関車の付け替え (機回しという) の手間を省くため最後尾の客車にも運転台を設けて逆方向への折り返し運転の際は機関車が後ろから推進するプッシュ・プル方式が一般的だ。しかし80年以上昔にはそのような技術は無く、終点では毎回クモハの機回しが行われる。右上の写真は庫内で休む1号機を横目に、折り返しパルマ行となる為に機回し中の4号機の様子だ。Sóller 鉄道のHP* によると、同社はこの機関車型のクモハを4機保有しており、1929年の電化時に新製して以来一両も失われていない。


許可を得て見学させて貰った庫内は、油断ならぬ役者達がずらりと勢揃いしていた。1号機の隣に何気なく並んでいる、おっそろしくクラシックなレールカーに目を奪われて近付いたら、作業員の方がもっと面白いものを見せてやるとばかりに手招きで奥にある逸物を見せてくれた。それはルノー Renault のレールカーだった。入口に止まっていた貨物用と異なり、これは人間を運ぶ為のもののようだ。左前輪の上のホーン一つとっても年代物で、これ一台でも博物館級だ。博物館との唯一の違いは、庫内の全ての車両が現役で外界とレールで繋がっている事だ。尚、上記ルノーのボンネットは同クラスの自動車に比べ異様に小さく、ここに納まる程度の非力なエンジンで動くという事は如何に鉄道というものが省エネか実感できる。6両の客車を牽いて山越えする制御電動車も僅か360馬力だ。


【写真上】駅の小道具類も美しい。【写真下】乗客の少ない始発列車は単行運転だった。デッキ上部の黒い唐草模様もいい味を出している。夏とはいえ早朝は身が引き締まるように涼しく、辺りも静かなので、電気機器類が出すジーンという日中は聞こえない微かな音も良く聞こえる。なぜか嗅覚も冴えてオイルのにおいも日中より敏感に感じられるから不思議だ。南欧に多い笠松の上に輝き始めた朝日の大いなる光芒の中を、釣り掛けモーターの音も勇ましく、1号機が山に向かって力強く出発していく。

ここから話は北欧に飛ぶ。欧州の木造車天国だった北欧も今は昔、木造車は所々で保存されているに過ぎない。最後まで、しかも目立つ場所で活躍を続けたのがノルウェーの首都オスロの中心部と郊外の山岳地帯を結ぶホルメンコーレン Holmenkollen 線だ。ホルメンコーレンにはスキージャンプ台がある他、一帯はノルディックスキーのメッカでもあり、乗客のスキー板を車外側面に取り付けて走る木造電車が有名だった。90年代初頭に初めてオスロに行った時に噂では聞いていたこの木造電車が側線に一両でぽつんと止まっているのを走行中の電車から目撃したが、まだインターネットが普及していなかった悲しさ、いつどこで乗る事ができるのか、そもそもまだ定期運行に供されているのかイベント列車専用なのかも分からずじまいだった。しかし2007年に再訪の機会があり、この時は Google から入って数分で所在を突き止める事ができた。



角張ったSóller鉄道と異なり、ニスの艶が美しい板を弧状に張って丸みのある表情を作っている。運転室脇の
謎の郵便箱は、冬期に積雪でとざされる山中用に移動郵便ポストのような役割も果たしていたのだろうか。

しかしそれは博物館の中だった。旧型車両はどんどん淘汰されていくので、チャンスがある時に乗っておかないと乗車の機会は永遠に去ってしまうのだ。オスロの名物木造電車は、Majorstuen (註1) 傍のデポを改造した路面電車博物館 Sportveismuseet*の奥の暗がりの中にひっそりと佇んでいた。同館の名称通り展示の大半は路面電車で、目指す木造電車「Motorvogn nr. 110 (「110号電動車」の意と思われる) は館内唯一の本格的郊外電車なのでその巨体は目立ち、構内を探すまでもなかった。古典的なダブルルーフ構造や木製車体とは全くそぐわないモダンな大型曲面ガラスと小さな貫通扉とを組み合わせた顔は 京王5000系* に通じるものがあり、親近感を覚える (これに対して Sóller 鉄道の方は角張ったウィンク顔が同じ京王でも 6000系*を連想させる)。車内には Sóller 鉄道軌道線 第39話参照) 同様の停車リクエスト用と思われる紐が張り通してあり【写真右】、閑散区間等でオン・デマンド式の降車方法が用いられた歴史を窺わせる。或いは路面軌道への乗入を行ったのかもしれないが、そうだとすれば保存場所が路面電車博物館である事と辻褄が合う。

(註1) オスロの地下鉄の集電方式は両生類的で、郊外区間は架線集電、都心の地下区間は第三軌条集電 (第10話参照) と分かれている為、車両は郊外区間用のパンタグラフと地下区間用の集電靴の両方を備えている。英国区間の高速新線が未完成だった頃の初期のユーロスター (第29話参照) も同じ方式だったが、2種類の給電方式を直通する地下鉄というのは筆者は他に例を知らない。Majorstuen駅は両給電方式の境界にあるので、これを見学するだけでも面白い。

オスロの名物木造電車を駆逐した新型地下鉄車両も只者ではないので簡単にご紹介する。【写真左】車内の座席配置は1+2+1で全席が通路に面しており、重装備のスキー客も隣客を煩わせる事なく乗降できる。【写真右】ドア付近のポールは冬期はスキーラックに変身する。地下鉄で都心からスキー板と共に山頂に直行し、帰路は一面銀世界の森の中を滑り下ってそのまま町に御帰還だ。スキー客を強く意識した構造に加え、座席数の多さやデッキ部分の僅かなスペースに作り込まれた折り畳み式のジャンプシートには着席輸送を重視する欧州の輸送哲学も濃厚に反映されている。このアイデア満載の新車を見せられると、いくら名車とはいえ置き換えもやむなしと納得してしまう。

屋外展示ではフロム Flåm 線フロム駅の木造食堂車は屋外にもかかわらず保存状態が良く、かつフィヨルド観光の定番ルート上にあるのでアクセスも良い。折り返し Myrdal 行となる Flåm 線列車のゲンコツ形機関車【写真左】の鼻先に保存されているダブルルーフの木造客車【写真中】は Cafevogn (≒独 Kaffeewagen の表記通り、車内で軽食がとれる。車内はレストラン用にかなり改造されているが、ホームに近い方の端の席はオリジナルのままのようだった。【写真右】スカンジナビア一帯の旧式客車で特徴的だったダンゴ虫型ベンチレーターもそのまま残っている。



メルクリン製SJ木造車の模型。本物の木を用いた事による表面の質感やデッキの
鉄柵の唐草模様からダンゴ虫形のベンチレーターまで、精密に再現されている。

木造車の欧州最後の牙城だった北欧ですら今では一部が静態保存されているだけという中で、21 世紀も1割超が過去帳入りした現在でも定期列車での動態保存を行う Sóller 鉄道は珠玉の存在だ。しかも木造車での運転比率100%という徹底ぶりは驚倒に値する。しかし、これとていつかは車齢が尽きる時が来るだろうし、それはSóller鉄道の鉄道免許が失効する2055年より確実に前だろう。だが、虎は死んでも皮を残すという。鉄道模型の老舗・メルクリン有限会社 Märklin & Cie. GmbH は木製鉄道車両の美しさを後世に残すべくスウェーデン国鉄SJのロッド付D型木製電機とオープンデッキ型木造客車を模型化したが、エクステリアに本物の木を用いて質感を再現する凝りようだ。同社は2009年2月に倒産し世界の鉄道模型愛好家を心配させたが、南独の著名な倒産法弁護士が管財人となって見事再建を果たした。SJ の木製車両の模型化の際に培ったノウハウを活かして、いつか Sóller 鉄道の木製模型も出してくれないだろうか。

木造車編の後は金属音がつんざく番外編をお届けする。


次号第41話は、カリブ海からお届けする。
Nächster Halt: St. Martin im Karibischen Meer
Fahrplanmäßige Ankunft: April 2012

(2012年1月)
 
 
     
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資料は各脱稿日現在の該当会社・団体のHP、WikipediaWebsite über die schnellsten Züge der Welt 各所掲のデータを参照したもので、それ以上の検証は行っていない。
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