Trans Eurasien Expreß seit 2002

 
erscheint i.d.R. vierteljährlich und behandelt bedeutende und/oder interessante Eisenbahnen und sonstige Transportmittel in der Welt, mit Vergleichen zwischen Japan und dem Ausland, Geschichts- und Kulturvergleichen - je nach Thema der Ausgabe. Alle Fotos, Ton- und Videoaufnahmen wurden vom Author selbst aufgenommen, soweit keine fremde Quelle ausdrücklich vermerkt ist.

Mikio Tanaka

 
     
   


 
44. 旧東独の路面を驀進する蒸気機関車Molli

- The Street Runners Ⅰ 旧東独編 -

Dampfend durch die Straßen: Die Mollibahn - The Street RunnersⅠ
今回の取材地:
ドイツ
日本 中国


このバルト海南西端の町でモリーを先頭にした長い列車がやって来ると、人も車も皆
道を空ける。森把瑠都守 (モリーばるとのかみ) 様の大名行列といったところか。
Molli - Eine Dampflok, die auf der Straße marschiert.

欧州、特に独仏はトラム (路面電車) の世界最先進地域 (広島に導入されたドイツの超低床・浮床・多連接構造のハイテクトラムについては第33話*、バスとトラムを統合した都市高速輸送の社会実験につては37話*参照) で、斬新なデザインのトラムは欧州の都市景観の一つになっている。だが (トラムではなく) 長編成の郊外列車の路上走行は先進国ではまず見かけなくなった。こんなのがぞろぞろと路面を走れば交通渋滞の元となるし、安全上スピードも出せないからだ。しかし今日の欧州でも (用地確保に制約の多い山岳国スイスでまだちらほら残っている他) 彼地最大の経済大国ドイツで、それも 100% 蒸気運転で通年定期運行する珍しい鉄道が健在だ。同国で最も人口密度の低いメクレンブルク=フォアポンメルン Mecklenburg-Vorpommern 州北端の全長15.4キロの軌間900ミリの狭軌を40分かけて走るこの鉄道 (1886年部分開業1910年全通) はモリーMolliの愛称で親しまれ、東寄り約1キロの区間で路上走行を行う。



鉄輪とゴムタイヤが狭い石畳の路上ですれ違う
Eiserne Räder und Gummireifen eng nebeneinander (rechts)
↑ バルト海 (その南西端に面するドイツから見れば最東端の海になるので、ドイツでは東海 Ostsee という) の潮風が吹き渡る、人口1万そこそこのバート・ドーベラーン Bad Doberan の中心街はモリー通り Molli Straße、その端の薬局はモリー薬局 Molli Apotheke と、町の代名詞にもなっている モリーはサドルタンク式 (大井川鐡道のC11と同じ) の1D1 (先輪1+動輪4+後輪1) 形小型蒸気機関車だ。 モリーは自分の名を冠した狭隘な道路に入り込み、車にこすらないように徐行する。このバルト海から出撃したのでバルチック艦隊 Baltic Fleet /Балтийский флот と通称されたロシア帝国艦隊と明治日本の連合艦隊との接近戦を、日本海海戦の名参謀 (名文家でも知られた) 秋山真之は 「舷々相磨せんとするが如く」 (敵味方の軍艦の舷同士が接触せんばかりに) と表現したそうだが、バルトの縁でその表現を借りると 「鉄・車 相磨」 す際どさだ。複雑な動きをするロッドや蒸気を噴出しながら前後にぐんぐん動く巨大なピストンは、つるんとして無表情な最近の乗物を見慣れた目で至近距離から見ると、小型機ながらちょっとした怪物メカだ。


鉄道が市街地の路上を走行する事を、英語では文字通り street running、造語力豊かな
ドイツ語では Ortsdurchfahrt(市街地通過走行)というが、それぞれに特色を捉えている。
Der BMW macht eine Notbremsung, als er das Läuten der sich
nähernden Molli hört.Die Anwohner sind den Anblick gewohnt
und lassen sich beim Überqueren der Straße von Molli nicht stören.
↑ Bad Doberan の銀座通りに相当するモリー通りは、狭いので一方通行かつ一定時間帯は居住者の車と配送車以外は進入禁止だ。それでも車は走る、人も通る、そこに列車も割り込む。これら全ての道路利用者に列車の接近を知らせる為に、路上走行区間 (モリー通りとゲーテ通り) では駅接近時のアメリカの長距離列車のように鐘 (前照灯と煙突の間にある) をカーンカーンと鳴らし続けながら徐行する。写真左上のBMWはこの警鐘を聞いて急ブレーキをかけたところだ (この後、右側歩道に片足を乗り上げて退避)


町の風景に溶け込むMolli。この奇観があとどれだけ見られるだろうか。
Wie lange wird diese märchenhafte Szene wohl noch zu sehen sein?
↑ 床屋 Friseur や食堂が並ぶ生活道路のT字路を何気に通るモリー1番列車。早朝なので閑散としているが、何ともシュールな光景だ。路上区間では投炭せず排煙を我慢して 「いい子」 にしているが、冬期の写真を見ると黒煙は吐かずとも冷気の為に白い水蒸気が濛々と見える。寒ささえ我慢できれば冬期の方が迫力ある絵が撮影できそうだが、(夏季の長編成2本による1時間間隔運転に対して) 冬期は短編成1本による2時間間隔運転になるうえ撮影可能時間帯が短い (高緯度の為) 事も考慮する必要があろう。


広場の石畳を踏み轟かせるモリー。社会主義時代はカール・マルクス
広場 Karl-Marx-Platz と呼ばれたが東独崩壊後この名称は廃された。
下:この角度からは動輪に作り込まれた錘(おもり)が良く見える。
Molli donnert über einen mit Steinen gepflasterten Platz,
der in DDR Zeiten "Karl-Marx-Platz" genannt wurde.
↑ 1969年の貨物運転の廃止 (1435mm の標準軌を採用する旧東独国鉄DRの一般路線に直通できない為) に続き旅客運転も存続が危ぶまれたが、前時代的な路上運転が人気を集め、絶滅危惧種は次第に観光名所となり、1976年には郡による保存指定を受けた。しかし1990年の東西ドイツ再統一後再び危機が来た。旧東独地域の時代遅れの膨大なインフラの急速な近代化という難題を抱え込んだドイツ鉄道株式会社 Deutsche Bahn AG は1994年、翌年末日までに民営化できない狭軌鉄道は全廃する決定を下したのだ。幸い地元の対応は早く、Bad Doberan 郡を筆頭に沿線自治体が大半を出資するメクレンブルグ海水浴鉄道モリー有限会社 Mecklenburgische Bäderbahn Molli GmbH* が95年に急遽設立され運行は同社に移管され、モリーは存亡の危機を脱した。ドイツ語版 Wiki によると、同社は2009年には70万ユーロとはいえ利益を計上し、蒸気機関車の新造まで行ったという。立派なものだ。


In den engen Gässchen bewegen sich nicht nur Menschen,
Fahrräder und Autos, sondern auch die Bahn, die hier
knapp am Dachvorsprung eines Geschäfts vorbeirollt.
↑ 人も自転車も車も通る路地を、店の軒先をかすめて列車もごろごろ進んでいく奇観には混沌の美がある。だが、タイ国鉄メクロン線の折り畳み市場 (第34話*後半、特に動画を是非参照されたい) の 「超」 混沌が発するカオスのエネルギーにはかなわない。静かな自律的秩序を尊ぶ欧州ではせいぜいこの Molli 辺りがアヴァンギャルドの限界で、雑然とした混沌のエネルギーにかけてはアジアが本家だ。しかし欧州は欧州の美しさで勝負すれば良く、小奇麗で人口密度の低い車内と風通しの良い展望デッキ (写真下中の貨物車 – 何というシンプルな妻面 - 以外全ての客車はオープンデッキ構造だ) から堪能できる、沿線のしっとりとした欧州的風景美は素晴らしい。ただ客車の屋根のデザインの統一が微妙に取れておらず、編成美を損なっているのが惜しい (右下)


Molli dampft an einem Asien Imbiss vorbei
↑ 屋内から見たモリー①。アジア料理の軽食屋 Imbiss のドアのすぐ外の路上をモリーの動輪が転がっていく (左)。中華もタイもトルコも何でもござれと気宇壮大な軽食屋だが、客のまばらな田舎の悲しさ、注文を受けてからおもむろにエプロンを腰に回し冷えたフライパンを火にかけという調子なので、食事にありつけるまでたっぷり15分は待たされる。だが1時間間隔のモリーも両方向で考えれば平均30分おきなので、合間にメールチェック用の場所を確保するには丁度いい。


Molli bequem vom Hotelzimmer aus genießen (Hotel Doberaner Hof)
↑ 屋内から見たモリー②。Hotel Doberaner Hof* の室内からも蒸気を吐きながら通過するモリーを眺められる(右)。この町は丁度20年ぶりの訪問だったが、再訪の機会があれば泊まろうとマークしていた絶好の立地にある宿だ。この間の変化は大きく、壁崩壊後僅か2年の当時の旧東独は旧西ベルリンを一歩出れば建物の大半は薄汚れたまま (車だけは早々にピカピカの西側製に入れ替わっていたのがメカ好きのドイツ人らしくて面白かった) だったのが今はどこも見事に小奇麗になった。体制変更に伴う変化だけではない。ネットが未発達の当時はモリーの情報収集にも苦労したが、今は youtube にモリーの動画は腐る程溢れ、20年前の宿探しも Google map で宿を特定、HP を検索のうえ宿に電話してモリー通りに面した部屋を押さえるまで3分とかからなかった。このたかだか20年の間のIT技術の進歩は劇的だ。


Molli am Bahnhof Stadtmitte – Parken mitten auf der engen Straße bedeutet Straßensperre
↑ では乗車してみよう。写真上は Stadtmitte 駅から乗車直前に撮影した 「路駐」 中のモリーだ。Kühlungsborn West 方面の西行列車は機関車後部が先頭になりバック運転で客車を牽くので少し間の抜けた表情になる。逆に機関車直後の客車のデッキに立つと機関車の正面とにらめっこする形になり、商店街の建物の谷間の歩行者をかきわけるように進む珍景 (中) も含め撮影には絶好のポジションだ。逆に Bad Doberan 方面の東行では機関車の次位に貨物車が割り込むので機関車の顔もお尻も見えず、かといって最後尾から列車全体の絵を望遠で狙うには揺れがひどく、早々に撮影を諦めて40分ぼーっと座っている事になった。後述の機関車同乗を行う場合は東行の便を予約すると無駄が少ない。


Varianten der Innengestaltung der von Molli gespannten Personenwagen.
↑ 車内を見てみよう。旧式の木造車 (左上) も良く手入れされており、ニスの輝きが美しい。狭軌なので2+1の座席配置だが、比較的新しい右上の車両は車端部がジャンプシートになっている。日本人的にはラッシュ時の詰込用かとつい思ってしまうが、それは着席輸送を重視する欧州の郊外列車の輸送哲学ではあり得ない。ベビーカー・車椅子・自転車用のスペースなのだ。更に長期滞在客の大きな荷物 Sperrgepäck を収容する為に貨物車が1両 Bad Doberan 寄に連結されている。下の写真2葉は貨物車の次位に1両連結されているダブルルーフ構造のサロン車 Salonwagen (ザロンヴァーゲンと読む) で、簡単な食事が供される。


並木道路に沿って快走するMolli。伸び伸びと大枝を張った巨木の放列は、欧州的風景美
の重要な構成要素だ。本連載冒頭の透かし画像が鉄道ではなく並木(英国ケンブリッジ
市 Jesus Green で撮影)なのは、本連載が「欧州鉄道百景」と題していた頃の名残だ。
↑ ゲーテ通り Göthestraße を抜けると路上走行区間は終わり、専用軌道に移る直前から加速を始める。小柄な車体のどこからこんな野太い音が出るのか、ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!と腹に響く音圧の高いドラフト音を沿線の壁に無遠慮に叩き付け、こだまさせながら、加速する勇壮さには痺れてしまう。直線区間を絶好調で力行する時のシュバババババババババ!とでも表現すべき高速走行音も小気味良い。蒸気機関車の醍醐味はこのドラフト音にある (従って蒸気機関車にエアコン付固定窓の新型客車を牽かせる安直な企画には全く興味を覚えない)。並木通り沿いの直線コースはモリーが最高速で走る区間だが、実際の速度はメーター読みで40~45キロ程度だった。


Waldspaziergang mit Molli
↑ 森の中を疾走するモリー直後のデッキに立つ。清冽な森の香・湿った腐葉土のにおい・石炭の香ばしさの入り混じった風に吹き晒され、森の深いざわめき・規則正しいドラフト音・軽快なレールのジョイント音が自然に奏でる素朴な鄙の交響曲をBGMに、きらきらと輝き流れる木漏れ日で斑になりながら、森を駆ける。私はこれらを全身で感じながらつっ立っているだけで良い。鉄道の醍醐味ここにあり。実に爽快だ。顔に時折ふりかかる炭塵で汚れた水滴が、老骨に鞭打って懸命に走っている機関車の汗のように感じた。


Der Duft von Humus und Steinkohle und das Licht, das durch die
Baumkronen dringt, machen die Fahrt zu einem angenehmen Erlebnis.
↑ 森の中を彷徨うモリー。深い森を分け入って行くと腕木式信号機 (しかもちゃんと機能しており、写真左下は「青」を現示) まで現れ、このまま森を抜けたらタイムスリップして VWカブトムシ Käfer* (ここは旧東独だから トラバント Trabant* かな) が元気に走り回っていた頃の昔の世界に飛び出しそうだ。線路両側の大木が線路に覆いかぶさるように大枝を張り出しているが、煤煙に含まれる火の粉で火事になったりしないのだろうか。


上:ハイリゲンダム (「聖なる堤」の意) 駅の美しいホーム
Der Bahnhof Heiligendamm, Veranstaltungsort des G8-Gipfels 2007, befindet sich
fast genau auf der Mitte der Strecke, so dass ein Aneinandervorbeifahren der Züge aus
beiden Richtungen möglich ist. In diesem Bahnhof werden Pappfahrtkarten verkauft.
↑ 夏季ダイヤでは森の中のハイリゲンダム Heiligendamm 駅で上下列車が交換する。聖なる堤という名を持つ同町はドイツ最古の海水浴場とされ (その意味で日本における大磯町に相当するが、巨大都市の通勤圏にあるかどうかの差が両者の発展方向を全く別なものにした)、上品な駅舎がかつて高級保養地だった歴史を物語る。同駅の切符売場は旧車両の座席がベンチ代わりだったり旧改札台をテーブル代わりに置いていたりと、ちょっとしたミニ博物館だ。切符もここでは昔ながらの硬券 Pappfahrkarte を発行してくれる。2007年の G8 サミット会場だった Grand Hotel Heiligendamm* はこの駅から徒歩数分だ。世界各地から集まったメディアはモリーに乗る機会があった筈だが、日本のメディアはこのユニークな鉄道の事をなぜか殆ど報道しなかった。政治部や経済部の記者の仕事の範疇外と思ったのだろうか。


An der westlichen Endstation Kühlungsborn West
befindet sich neben Anlagen zum Auffüllen von
Wasser und Kohle auch ein kleines Eisenbahnmuseum.
↑ 西の終着 Kühlungsborn West には給水・給炭施設がある他、昔の鉄道グッズの博物館もある。手動のホーム別行先表示器 (右上、但しホームは1つなので列車が停車している側は「Bad Doberan行」だが、ホームの無い反対側は「切符はモリー喫茶で販売」とあり、そっちの方向を指している)、円盤式信号機 (黄色の円盤が正面に見える写真左下の状態は「赤」を現示。円盤が天を仰いで運転手から見えなくなれば「青」を示す、動きのダイナミックな信号機だった)、分岐器の方向表示灯 Weichenlaterne (写真右下の奥) 等、鉄道文化遺産が点在している。特に後二者はドイツの鉄道模型では定番アイテムだ。


108年前の秋、この沖合の空を大量の煤煙で黒く染めつつ遥か極東の海を目指して進撃する(そして二度と戻って
来なかった)ロシアの大艦隊の威容が見られた筈だ。第43話* のヘルシンキはこのバルト海のはす向かいだ。
Oben: Die russische Flotte, die bei ihrer Fahrt entlang dieser Küste mit
ihrem schwarzen Rauch den Himmel verpestete, wurde ein Jahr später
(1905)in der Seeschlacht bei Tsushima vernichtend geschlagen.
Unten: Auffallend viele Ruinen....ob das an den Billigfliegern liegt, mit denen man
heute günstig ans warme Mittelmeer oder in die Ägäis fliegen kann?
↑ 折り返し列車が出るまで海岸を歩いた。バルト海⁄東海の水は夏でも冷たく、泳いでいる人はまばらだ。日光浴を愛するドイツ人も鳥肌を立ててまで砂の上で寝そべる気にはならないと見え、写真上のような風防付の浜用籠椅子 Strandkorb を用いる。しかし2時間も飛べば行ける南欧は、北海道とほぼ同じ高緯度にもかかわらずゴルフ海流のお蔭で南国の気温だ。変化に富む欧州ではこんな籠に潜り込んで暖を取らなくても、温暖な地中海の煌めく太陽やプールのように透明なエーゲ海を、僅かな移動で楽しむ事ができるのだ。そして格安航空会社 LCC第41話*で触れたように、現に乗客数ベースで欧州最大の航空会社は LCC のライアンエアーだ) が、それを国内の鉄道旅行以下の費用で可能にした。地元自治体が Molli を熱心に宣伝しているのも、海外旅行との競争激化という現実と無関係ではあるまい。点在する廃墟を見ていてふとそんな事を考えた。


ボイラー脇に上部構造物がごたごたと付いており、前方視界は良くない。
Nur für €25 darf man auch auf der Dampflok mitfahren.

↑ 特定の列車では25ユーロの追加料金を払えば機関車への同乗が可能だ。同乗券購入時に受ける注意の中に「路上走行区間では運転手に話しかけてはならない」の一項があった。逆読みすればそれ以外は状況に応じて歓談可能という事か(註1)。電気機関車 (DB 103型、第17話*はその感動の同乗記だ) には偶然同乗させて貰った事があるが、蒸気機関車の同乗は初めてだった。半径数十センチ内に全ての機器がコンパクトにまとまっている電気鉄道の運転席とは異なり蒸気機関車の運転台というのは実に複雑で、機関士はバルブを回し、何かのレバーを引き、水量を確認し、スコップで投炭し、千と千尋 第25話* 参照) の釜爺のように忙しい。運転室は大釜のすぐ傍なのでサウナのように暑く、網だけの天窓から熱を逃がしている(雨の日は傘をさすのか?)。中国では蒸気機関車の事を火車というそうだが、正に火の車だ。

(註1) ギーセン Gießen で保存されている古いレールバス Schienenbus に乗った際、運転席に掲示してあった本来の警告文「運転士に話しかけないで nicht 下さい」が保存列車では「運転士に絶対 unbedingt 話しかけて下さい」に書き変えられていた。客が状況に応じて判断してくれる信頼を前提にしているのだろうが、イベント列車だったとはいえ全区間 DB の本線上を走行するものであり、日本では考えられない柔軟さだ。


中国遼寧省の大連機関区で保存されている「あじあ」用パシナ型蒸気機関車。パシナは中国で
2機の現存が確認されており、半ば化石化したこの757号機(中国による接収後の形式名)
と異なり、他の1両は日本支配時代の水色に再塗装されて瀋陽の博物館に保存されている。

SL の運転台で中国とくれば、ふと何かで読んだ南満州鉄道の特急あじあ 第50話 参照) の大平山駅事故の描写を思い出した。パシナと称されたあじあ専用機は、大日本帝国の国威発揚の意味もあってか日本史上最大の急行機 C62 を遥かに凌ぐ巨人機で、ボイラーの湯量も半端では無かった。保線工事連絡ミスによる脱線転覆の衝撃で裂けたボイラーから噴出した大量の熱湯が挟まれて動けない日本人乗務員を直撃し続け、救急隊到着時には殆ど骨しか残っていなかったという恐ろしい内容だった。目の前の鉄板一枚隔てたボイラーの灼熱の中でゴボゴボと沸騰している筈の大量の熱湯をつい想像してしまったが、幸い筆者の乗った機関車は脱線転覆する事も無く無事終点に着いた。



Stadtmitte停留所に近いこのイタ飯屋のテラス席は、カラマーリでも
つまみながら眼前を行進するモリーを見物できる特等席だ。モリーは
実に人気者で、その行く所あまねく観光客の笑顔とカメラが待ち受ける。

路上区間の東端にあるシュタットミッテ Stadtmitte 駅は英語で言えば City Center 駅だが、小さな町なのでセンターといっても可愛いものだ。「駅」も歩道を少し広げ路面電車やバス停のように道端に駅名標と時刻表があるだけだ。狭軌とはいえ人や車と比べれば巨大で長い列車 (夏季は機関車1両+貨車1両+客車11両の堂々13両編成) がのたーっと停まってしまうと、道路まるまる一杯占領してしまう。モリーは路上の他の全ての交通をブロックする事が許される、モリー通りのヌシだ。



Auf der DB-Strecke von Bad Doberan wurde zur Modernisierung der alten DR-Strecke
die Baureihe 642 eingeführt. Auffallend sind die riesigen Fenster und die hohe
Decke, die die Reise in dem Dieseltriebwagen sehr angenehm machen.
↑ Stadtmitte 駅を発車したモリーは、路地を通過する間ずっと我慢して満腔に溜めた煙を一気に吐き散らし、大きな交差点を煤煙で濛々と暗くしながら右折 (右上) して、東の終点 Bad Doberan に向かう。同駅のモリー専用ホームの駅名標 (左下) の懐古趣味的なフォントは、この鉄道の性格を無言で物語る。同駅で接続 (註2) する DB ドイツ鉄道線主力の642型汎用気動車 (右下) は旧東独地域のローカル線近代化の為に大量投入されたもので、モリーとは対照的な近未来的デザイン (註3) だ。
(註2) 単線の DB 線の両方向の列車が同駅で交換する場合、上下列車が同じホームに向かい合って停車する。東行列車の発車を見ていると西行列車にぶつかる寸前に渡り線を通ってすれ違う仕組みになっていた。両方向共にモリー専用ホームと同一平面で連絡できるようにとの配慮からと思われる。
(註3) 642型はICE3(第11話*参照)や JR 西日本500系新幹線同様著名な工業デザイナー、ノイマイスター氏の手になる。砲弾型の先頭・台車間は低床客室・連接構造の外観形状は美しいが、交通赤 Verkehrsrot と称される最近の DB の標準色のどぎつさがボディラインの美しさを台無しにしている。車内は異様に高い天井と棚よりも高い巨大な窓が特徴で、インテリアのキーはこの荷物棚だ。ガラス製で日中は座席から棚を透過して空が見え、夜間は棚に組み込まれた照明が高い天井に反射して車内全体をほんのり照らすと共に着席客には十分な照度を提供するという欧州式照明哲学に従っており、天井の直接照明がぎらぎら輝く日本方式とは印象が大きく異なる。台車上部の数段高い座席は棚が無く、ドイツ人の好むハロゲンライトのスポット照明だ。


左:茶菓子を喫した後は、門のすぐ外を地響き立てて通過する電車という
視聴覚的デザートもある、「二度おいしい」甘味処。右:和田塚に停車中
の鎌倉行10形電車は、思い切り観光客の視線を意識したデザインだ。
Das japanische Pendant von Molli dürfte wohl die Enoshima Electric Railway
sein, die auch als touristische Bahnattraktion gilt. Das Teehaus in der Nähe
des Wadazuka Bahnhofs kann nur über die Gleise erreicht werden.
↑ 日本では蒸気機関車が道路上を走るシーンは見られないが、郊外電車なら京阪電鉄京津線の浜大津・上栄町間* で見られる。また、線路が生活路を兼用している珍例が湘南にある。和田塚駅付近の和風建築の甘味処は、江ノ電の線路からしか入れない。この一帯には線路からしか入れない民家も多く、(線路敷は Molli通りと異なり専用軌道なので) 住民は毎日レールやバラストを踏み越えて我が家の戸を開ける事になる。写真のように線路内に人が立ち入れば JR なら直ちに防護無線が発報され半径1~2キロの全列車を緊急停車させてしまうところだが、江ノ電は大らかにできており車掌は気にも留めない。線路沿いの音楽教室に通う子供が蟹のように壁にへばりついて電車をやり過ごす異様な光景は、リスボン市電28系統の路地裏区間 第38話*参照) を髣髴させる。鉄道それ自体が観光名所になっている点では、京津線より江ノ電の方が Molli に近い。


次号第45話は、アドリア海からお届けする。
Nächster Halt: Venedig
Fahrplanmäßige Ankunft: April 2013

(2013年1月 / Januar 2013)
 
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