Trans Eurasien Expreß seit 2002

 
erscheint i.d.R. vierteljährlich und behandelt bedeutende und/oder interessante Eisenbahnen und sonstige Transportmittel in der Welt, mit Vergleichen zwischen Japan und dem Ausland, Geschichts- und Kulturvergleichen - je nach Thema der Ausgabe. Alle Fotos, Ton- und Videoaufnahmen wurden vom Author selbst aufgenommen, soweit keine fremde Quelle ausdrücklich vermerkt ist.

Mikio Tanaka

 
     
   


 
47. 阿波の秘境で源平の昔を偲ぶ

- 山襞を這う知られざるスーパー乗物群 -

Einschienenzahnradbahn und sonstige eigenartige Transportmittel in Japans Bergland
今回の取材地:
日本


Durch den dunklen Wald der Iya-Schlucht in Tokushima – eine der
drei größten verborgenen Landschaftsschönheiten Japans – zieht sich
die 4,6km lange Strecke der einschienigen Zahnradbahn. In Tokushima
befand sich im ersten Weltkriegein Internierungslager für deutsche Soldaten,
die damals zum ersten Mal in Japan Beethovens 9.Sinfonie vollständigaufführten.
1 日本三大秘境

日本三大秘境なるものをご存知だろうか。岐阜県白川郷・徳島県祖谷 (いや) 渓谷・宮崎県椎葉村を指すのだそうだ。誰がどういう基準で選んだのか知らないが、いずれも平家落人伝説が残るのが面白い (それぞれ倶利伽羅峠・屋島・壇ノ浦という、いずれも平家軍が源氏軍に大敗した激戦地に近い)。秘境というのは人口も人工構造物も少ないから秘境なので公共交通機関とは無縁なのが普通だが、祖谷渓谷は例外だ。瀬戸内海を一跨ぎすれば阪神の都会の喧騒がある事が信じられない圧倒的量感の山々が重畳と続くその山襞に、立体的な地形と付き合う為にさまざまに工夫された面白い乗物群が息づいている。

 
2 奥祖谷観光周遊モノレール

その中でも特筆に値するのが 奥祖谷観光周遊モノレール* (徳島県三好市) だ。



上:側線の伸ばし方や留置車両のシンプルな保護方法は、所謂みかん山モノレールのノウハウを継承する。
下:中腹の分岐直後の様子。右側の線をよじ登り、 約30分後左側の線から戻り上下線は再び合流する。

これは全国のミカン山の斜面で農作業用に蓄積したモノラック(注1)技術を用い電化のうえ山中に長い路線を敷設し、観光利用に供したものだ。これを小規模(全長430m)にした「てんとうむしモノライダー*(注2)が同じ三好市にある他、近隣の愛媛県四国中央市では紫陽花の季節にはディーゼル駆動・2両編成のモノラック「あじさい号*」が急斜面を回遊する。これら観光用モノラックが「山奥の登山道を疲れずに楽しめたら」という観光客の我儘な望みをたっぷり叶えてくれる、その安直さと対照的なのが、地元の方の生活用のつるぎ町営モノラック(無料、但し住民専用)だ。これは道路の通じていない急峻な山間の十家地区までの唯一の交通手段である為、山奥の集落に散在する各戸の門前まで支線が延びているというから驚きだ。十家は訪れる時間が無く、興味深い探訪記*(注3)で満足する事とした。四国の山岳地帯は知られざるモノラック王国なのだ。

 
注1 モノラック Monorack は産業用簡易モノレールの典型だ。ラック&ピニオン方式を用い、1本(mono)の歯軌条 rack rail に歯車を噛ませて急勾配を移動するのでこの名がある。映画「ももへの手紙」ではその仕組みが良くわかる場面が出てくる。日本ではこの映画のように蜜柑畑(従って「みかん山モノレール」との俗称がある)や茶畑、欧州では葡萄畑で良く見かける。
注2 名前も車両デザインも情けないが、谷に面しているので全区間森の中を行く奥祖谷より見晴らしは良い。奥祖谷の方はカブトムシのデザインなので五十歩百歩だ。幼児連れの客に焦点を絞り過ぎると「トホホ」なゆうえんち的乗物になり果ててしまい、大の大人が乗るのは気恥ずかしい。本稿に車両の写真が殆ど無いのは撮影に耐えなかった為だ。
注3 これを一読すれば、秘境の限界集落に暮らすという事の凄まじさを実感できる。錆びて地面と一体化したようなレールの上を、生活物資運搬用の無蓋貨車と傾斜したベンチがあるだけの人車をディーゼルエンジンで動かす十家モノレールの素朴さ・無骨さは、同じモノラックでも観光客相手の「よそ行き」の顔をしたものとは全く異なる厳しさを感じさせる。真暗闇の山中を懐中電灯で僅かに前方を照らしながらの夜間運転は、ちょっとした肝試しだろう。


Mit einer maximalen Steigung von 40 Grad ist diese Zahnradbahn mit der
weltweit steilsten Pilatusbahn mit 48 Gradeinigermaßenvergleichbar.

三好市の HP (前掲) によると、全長 4600m ・ 高低差 590m ・ 最大傾斜 40度 ・ 最頂標高 1380m は、全て観光用モノレールとしては (注4) 世界一だそうだ。麓にある全線で唯一の駅 (環境保護の為、途中下車不可) は単線ループ構造だが発車後まもなく上下線は合流、両線が一体構造となった複線が中腹まで続く。この鉄道で最大の人工構造物は森の中に忽然と現れる (左)。これは道路を跨ぐ金属製の橋で、これを渡ると軌道は山肌に取り付き、そのまま急坂をほぼ一直線に上へ上へと登って行く (右、山寺の参道のようだ)。かつての森林鉄道や炭坑鉄道の急坂区間では急なS字カーブが腸のようにくねくねと続いていたのに比べると、登坂力の差は一目瞭然だ。

 
注4 この限定が無ければ各項目とも奥祖谷の順位はぐっと下がる。急勾配世界一はピラトゥス鉄道 Pilatusbahn(通常の2本レールとラックレールを組み合わせた方式)の48度(!)だし、レール方式で標高世界一の駅は青藏鉄路・タングラ(唐古拉)駅で、標高は 5068m だ。尚、欧州一はユングフラウ鉄道(第2021話参照)のユングフラウ・ヨッホ Jungfrau Joch駅(3454m)、日本一は小海線・野辺山駅(1346m)。


複線区間は右側通行で両端の1本ずつを使用するが、中央のレール
の役割は謎だ。左下:小回りルート案で計画されていた終着駅。
In dreidimensionalen Kurven schlängeln sich die Schienen wild durch das
Dunkel des Waldes und scheinen silbern im Licht, das durch die Baumkronen fällt.

森の中の暗い空間に奔放な軌跡を描く 3D 曲線の軌条が、木漏れ日を反射して銀色に輝く。複線区間の急坂を上の写真の角度から見ると、滝のような形状のメタリックなメカ美が美しい。アップダウンとカーブに富みジェットコースターのように滑走したくなる線形だが、軌道は華奢でとても高速走行に耐えられそうにない。当初はロープウェイが計画されたが、大量の観光客の入山による環境破壊を防ぐ為に途中下車禁止の電動モノラック案に変更されたという。上空からのガラス越しでしか見物できないロープウェイとは異なり、湿った腐葉土のアロマ漂う清冽な森の息吹を間近に感じながらの森林浴を1時間余り、十二分に堪能できる。



上:森の暗闇を照らす木漏れ日が、スポットライトのように美しい。
左下:藪の中は急な下り坂になっていた。下中:獣道を無理矢理
通過。右下:下り線走行中、前方の木立の中に上り線が見えた。
上下線は、画面右下方向数百メートル先でマージする。

上下線は途中から分離して単線となる。対向車も無くなり、前後の車両も見えず、自車と軌道以外は 360° 人工物は皆無という、文字通り森閑とした森の秘境を進む (上)。時には獣道 (けものみち) のような狭い緑色の空間を、藪を掻き分けるようにして通過する (下中)。今から829年前の神戸・一ノ谷の戦いの際、源義経は敵本陣をノーマークの山側から後背を衝くべく騎馬隊を率い山中に分け入ったが、遂に道が尽きた。「鹿が通れるなら同じ四足の馬も通れぬ筈はない」と兵を励まし、武蔵坊弁慶が斧で木を払い獣道を騎兵が通れるよう拡幅したが、怪力の弁慶も疲労で何度か昏倒したという。21世紀の今日の秘境では、弁慶はいなくてもモノラックは深い森の中を楽々と進んで山を登り、遂に三嶺 (みうね) 山頂 (標高1893m) に達し、山中に大きな弧を描いて下り、途中から再び複線となって麓駅に戻る。



40度の最急勾配というのはほぼ870‰で、JRの現在の最急勾配40‰
(飯田線・沢渡-赤木間)の実に20倍以上だ。乗客が席からずり落ち
ないよう、勾配の変化に連動してシートの角度も自動調整される。
激しい上下勾配の連続は、徐行するジェットコースターの如くだ。

馬サイズの車両 (ゴンドラというか) が急な崖を駆け降りる様子は、一の谷の合戦で源義経が行ったと伝わる有名な奇襲攻撃、「鵯越 (ひよどりごえ) の逆落とし」を連想させるが、阿波の峰々は (平家の落人だけでなく) その義経とも無縁ではない。平宗盛率いる平家軍が一の谷を失った後に本拠地とした屋島を襲うべく、義経は僅か150騎 (屋島では主力が不在だったとはいえ1000騎が布陣していたという) を率いて渡辺津 (今日の大阪市) から暴風雨の中を渡海し阿波勝浦(徳島県小松島湾)の浜から上陸、この阿波の山越えルートで讃岐 (香川県) に抜けたという。当時2日行程だった屋島までの約70キロを1昼夜徹夜で走破しそのまま突撃に移った義経軍とは対照的に、好きなだけ惰眠を貪り、己の生身を白刃の下に晒す恐怖も無く、木漏れ日を浴び小鳥の合唱をBGMに楽ちんなモノラックで森林浴とは、何と平和な時代だろうか。



左上:木漏れ日のスポットライトを浴びながら、無人の暗い森を進む。右上:
対照的に、間伐がなされた森は明るい。急坂を下った先に、これから通る軌道が
ずーっと延びているのが見通せる。地面と同化したような農業用モノラックと
比べ、腰高でピカピカの軌道が目立つ。下:大きな弧を描いて山道を降る。

しかし現代には源平の昔とは別の困難がある。この鉄道は Wikipedia によると建設費2億8千万円を要したものの、開業 (2006年) 初年度の年間平均乗客は僅か52人/日だったという。その後の増車 (10→15台) も考え、60人/日・客平均単価を1200円 (料金は脱稿日現在大人1500円・子供700円) とざっくり仮定すると、人件費・維持費・利息等を一切度外視して単純計算しても建設費を稼ぎ出すだけで約130ヵ月、(年の3分の1にもなる冬期は休業なので) 16年以上かかる計算だ。また輸送量が極めて小さく (定員2名) 週末は何時間待ちにもなる反面、交通不便な秘境にあるので平日は閑古鳥状態という状況も、変えようがないだけに厳しい。確かに山中の自動散策は楽しいが、それにしても頂上 (それも景色が開けるのは一瞬でしかない) まで達する4.6kmもの長大路線を築く必然性があったかは疑問で、乗物愛好家を除けばトイレにも行けない1時間以上の乗車時間と単調な景色に辟易した客もいるのではないか。



Das abgebildete Monorack dient touristischen Zwecken, auf Shikoku gibt es jedoch
auch ein dieselbetriebenes Monorack, das ausschließlich von den Bewohnern
entlegener Dörfer genutzt wird, die nicht über Straßen zu erreichen sind.

距離を半減 (それでもたっぷり30分楽しめる) する代わりに帰路は森を抜けて眺めの良い谷に面した斜面を降りれば、距離が減った分だけ建設費もメンテ費も自然災害リスクも減り、車両の回転率は上がり、景色に変化もでき、それでも同じ料金を維持できたと思う (平日割引は考えてもいいかもしれない)。崖の斜面にこれでもかと長々と張り巡らせた華奢な軌道を見ていると、台風被害の修復予算を捻出できず全線廃止・解散に追い込まれた高千穂鉄道のような運命を辿らないか心配になる。このようなリスクや資金調達等の世俗的な諸々に煩わされず、すこーんと突き抜けたコンセプトをそのまま見事に実現してしまったところが、平家打倒に向けた一徹さと周囲へのこまごまとした政治的配慮を潔しとしない危うさとが同居していた悲劇の英雄・義経 第23話 中段参照) を連想させてしまう。過疎債が大きく貢献したというネット情報には納税者としては複雑な思いがあるが、がちがちコスト計算したら実現できなかったかも知れない希有な鉄道を体験できたので、乗物愛好家としては元が取れたと考える事にした。

奥祖谷観光周遊モノレールと同じ技術を用いたと思われるミニモノレールが関東にもあるので、簡単にご紹介する。これは東伊豆の大室山近くの御宿・風月無辺*という宿専用のモノレールだ。一般に利用可能な道路が通じていない山の上に宿がある為、道路沿いの駐車場から山上の宿までこの無人モノレールで移動する。客室は密閉式で向かい合わせ4席、冷房付の快適な車両で大きな窓ガラスから相模灘が一望できる。機能的には斜行エレベーターだが、奥祖谷そっくりのモノラック式軌道が山中を這い、急坂をくねくねと上っていく様子は面白い。更に、この宿の宿泊棟は斜面に展開している為、全自動運転の無人カートで敷地内を移動する。これらロジ回りの工夫だけでも、乗物好きの方には泊まる価値がある。

 
3 山小屋風自家用ケーブルカー
 

話を四国・祖谷の山中に戻す。この一帯のユニークな乗物はモノラックだけではない。新祖谷温泉ホテルかずら橋*の自家用ケーブルカーが傑作なのでご紹介する。



Tief in den Bergen Shikokus gab es bisher keine bedeutendenIndustrien
außer der Forstwirtschaft, daher versucht man in letzter Zeit, die Region
für Touristen attraktiver zu gestalten, wie z.B. mit dieser Seilbahn in
Form einer Berghütte, die zu einer heißen Quelle ("Onsen") führt.

どう傑作かというと、全自動・エアコン完備という現代的快適さを確保しつつ、徹頭徹尾「鄙の演出」にこだわっているのだ。たかがホームドア格納壁にまで瓦を乗せ(右下)、障子まで備えた木製の「車内」はもはや「室内」という感じだ(右上)。山国の日本では自家用ケーブルカーや自家用モノレールを備える宿は、斜行エレベーターまで含めれば珍しくなくなった (尚、自家用ロープウェイのあった晴遊閣大和屋ホテル (箱根) は惜しくも2013年8月末で営業を中止した)対星館* (箱根堂ヶ島温泉)がこの道の老舗で、ここは1930年以来のケーブルカー方式を2009年にモダンなモノレールに変更した(2013年8月に旅館営業終了。再開が望まれる)。他にも同じく箱根の小田急ホテルはつはな*陽気館* (伊東温泉)、前述の御宿・風月無辺* (伊豆大川温泉)かのうや* (伊香保温泉)吉良観光ホテル* (愛知県)ホテル祖谷温泉* (徳島県)花立山温泉* (福岡県)等があるが、ここまで凝ったケーブルカーは他に知らない。



Bei der"Inszenierung des entlegenen Dorfes" achtet man besondersauch auf
die Details: auf der an der Decke befestigten Baumrinde lässt man Unkraut
wachsen (oben) und auch der Stromabnehmer wurde mit Baumrinde "getarnt".

竹で押さえた木の皮で葺いた屋根を良く見れば、何と苔が生 (む) し何かの芽まで群生している (上)。車両というより「動く山小屋」だ。集電は軌道脇の赤い電線の下に集電靴を差し込んでこれを行うが、こういうメカも木の皮で葺いた板で隠している (中央の拡大写真)。芸の細かい事だ。ただ画竜点睛を欠くのが窓の外観で、平凡なサッシ窓に見えるのが惜しい。木製の格子か連子 (れんじ) でも嵌めればもっと和の風情が出たのにと思うのは筆者だけだろうか。



Diese Seilbahn wird einschließlich der Tür zum Bahnsteig vollständigautomatisch
betrieben. Neben dem "Onsen"-Bahnhof befindet sich ein traditionelles japanisches
Haus, in dem man sich bei einem Blick auf die Gebirge von Shikoku abkühlen kann.

「小屋」の谷側の端は一見オープンデッキのようだが、残念ながら下半分は機械室となっているようで出る事はできない(左上)。両端中央上部には粗削りな屋根飾りが屹立する(右上)。とてもケーブルカーとは思えないこの凝り方はどうだ。全く愛してしまう。見晴らしの良い藁葺きの茶寮の隣に「小屋」が到着する(下)。自動ドアの左下方向から「小屋」の屋根がぬっと現れて、ゆっくり右上にせりあがってくる奇観(右上)は楽しく、露天風呂そっちのけで何往復もしたくなる。

 
4 平家落人伝説の谷を行くボンネットバス
 
この辺りの宿のガレージでボンネットバスを何台か見かけた。動態で保存され、ノスタルジーツアー用の観光バスになって余生を送っているようだ。時間不足で惜しくも乗れなかったが、偶然平家屋敷バス停で停車中のボンネットバス(1966年式いすゞBXD30)に遭遇したので、運転手さんに頼んで車内を見せて戴いた。


Dieser steinalte,museumsreifeBus mit seiner Kühlerhaube
kommt bei den "Nostalgie-Reisen" zum Einsatz.

昔の三角窓は開いた事とか、ボディはリベットだらけで正面は2枚窓だったとか、「いすゞ」の「ゞ」という奇妙な文字が読めなかった事とか、ワンマンバスが当たり前の今日では不要な車掌台や運転手との連絡用ブザーとか、最近は死語になった「バス窓」の構造(上部はHゴム支持の固定窓、下部は一段上昇式の窓)とか、脳の古い皮質のどこか奥の方に保存されていた遠い記憶が俄かに蘇った。



Dieser steinalte,museumsreifeBus mit seiner Kühlerhaube
kommt bei den "Nostalgie-Reisen" zum Einsatz.

半世紀前のずんぐりと丸っこいボディに、現代の安全規格に沿った後方監視モニターが追加されていた。流線型のライト類(左中)も、1960年代製造の大型自動車に大流行したものだ。腕木式の方向指示器がにゅっと突き出たり引っ込んだりしていたような記憶が朧にあるが、これは付いていなかった。今日の道交法上不可なのかと思ったが、公道走行シーンがアップされているYouTube動画があったので、そういう訳でもなさそうだ。



上の写真2葉は平家屋敷として公開されているもので、藁葺の結構立派なものだ。

屋島と壇ノ浦の決戦で敗れた平家軍の落武者の中には、鎌倉軍の掃討戦から逃れて四国の山中に隠棲しそのまま土着した者も多いという。源平合戦から8世紀余を経た今日も、平家の末裔が住むと伝わる集落が四国の山中に点在する (2つ前の写真のボンネットバスが停車しているのも「平家屋敷」バス停だ)。深い山襞の底には大歩危・小歩危等の美しい渓谷があるが、ちょっとした荷物は小型モーターで駆動する簡易ロープウェイで上げ下ろす生活の知恵が面白い。

5 祖谷川を渡ろう


Es heisst, dass diese Brücken aus Efeu von geschlagenen Soldaten gebaut wurden, die
sich nach der verlorenen Schlacht Ende des 12.Jahrhunderts in diese Wälder flüchteten.
Sie sind so konzipiert, dass sie jederzeit abgeschlagen werden können, wenn der Feind
kommen sollte. Die Brücken sind heute zusätzlich durch versteckte Metalldrähte verstärkt.

祖谷川を渡る交通手段も面白い。この辺りに3橋残る葛でできた蔓 (かずら) 橋の起源として、鎌倉方の追手が迫れば切り落とせるように平家軍の落人が作ったとの伝説が残る。現在は安全確保の見地から目立たぬようにワイヤが通っているというが、観光バスが着くと忽ち大勢の観光客で鈴なりになり、揺れるとスリルがある。細い丸太 (板ではないので体重をかけて踏むと痛い) が間隔を置いて並ぶ足許は風通しが良過ぎて心許なく (写真下)、蔓製の手すりに掴まらずに歩けたら大した運動神経だ。物を落としたら水没するか岩に激突して粉々になるかのいずれかだ。足を踏み外して足首を挫く事よりも、その拍子にスマホが落ちないか心配だったのが我ながらおかしかった。源平の頃とは桁違いの量の情報を管理しなければならない現代人にとって、所有者専用の大データバンクでもあるスマホは、もはや(外付けされた)脳の一部なのだ。



上:野猿での川渡りは風雅にして涼やかだ。
下:シンプルこの上ない軌道の下部は良く見ると
ギザギザで、ラックレールである事が良くわかる。
Oben: von Menschenkraft betriebene Seilbahn "Ya-en(Wildaffe)".
Unten: Monorack (Diesebetrieb) für Besucher des Campingplatzes

祖谷川にかけたロープを手で引いて渡る2人乗りの野猿 (やえん) は、手動ロープウェイとでもいうべき乗物だ。これも木の皮で葺いた屋根があり、鄙の演出怠りない。野猿は司馬遼太郎の歴史小説にしばしば登場する奈良県の秘境・十津川村にも残っているという。野猿もモノラックも、利用者が自らの危険で利用する自己責任の文化を強く共有する。過保護文化の乗物が多い日本ではその一点でも珍しいが、秘境なればこそ培われた文化なのだろう。山道を歩いていたら脇から出し抜けにエンジンの起動音がしたのでその方向を見たら、キャンプ関係と思しき貨客を満載した小さなモノラックが動きだし、電気系統も無い超シンプルな1本レールを伝って、軽やかなエンジン音と共に藪の中に消えて行った。


「準急ユーラシア」、次はミシガン・シティに停車する。
Nächster Halt: Michigan City
Fahrplanmäßige Ankunft: Januar 2014

(2013年10月 / Oktober 2013)
 

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