Trans Eurasia Express since 2002

 
is a quarterly articles series, now kindly hosted by H.I.S. London (until No.49 by H.I.S. Touristik Deutschland GmbH) on interesting trains and other means of transportation in Europe, Asia and other corners of the world, with technical, historical and cultural interests. All photographs, sounds and videos are taken by the author unless otherwise expressly mentioned.

Mikio Tanaka

 
     
   


 
50. ロシアの古都に満鉄「あじあ」のライバルを見つける

– 聖ペテルブルグの乗物駆足散歩 –

Historical and Other Interesting Vehicles in the Russian Ancient Capital
今回の取材地:
ロシア
中国 日本 ドイツ


This is neither a palace nor a five-star hotel lobby…

これはどこかの宮殿や由緒あるホテルのロビーではない。地下鉄の駅のホームである。今号は第50話という区切りと、連載先がこれまで長くお世話になった H.I.S. ドイツから H.I.S. ロンドンに変わった節目の特別長編号として、ロシアの古都サンクト・ペテルブルグ (以下聖ペテルブルグ又はSPと略記) の見応えのある色々な乗物を、歴史の途が交錯した大連の情景も交えて、オムニバス的にご紹介する。

 

1. 続・メトロの共産バロック



...It is a metro station "Avtovo" in St. Petersburg.

この章はモスクワのメトロをご紹介した 第42話 の続編でもある。SPで美しい駅といえばすぐにその名が出てくるのはアヴトヴァ Aвтово 駅で、1955年の第一次開通区間にある。モスクワのコムソモーリスカヤ駅のようにホームを壁のようなパイロンで豪勢に縦に細長く3分割する程のホーム幅が無いので凝った円柱を並べ、華麗な天井とあいまって独特の美しさを出している。モスクワのトヴェルスカーヤ駅等のように大理石を用いる予算が尽きてしまったのか、壁がタイル張りなのが惜しい。画竜点睛を欠くとまでは言わないが、やる以上は徹底してやって欲しかった。



The pillars are covered with glass work with communist symbols.

最初にこの駅の写真を見た時、この黒々しい柱は何だろうと思ったが、近くで見ると何と柱の表面は全面ガラス細工で (写真下)、背後の天井や壁が明色なので撮影すると地の色が強調されて映ってしまうだけとわかった。写真左上のギリシャ神殿のような建物は、地上の切符売り場だ。

筆者の好みでは聖ペテルブルグで二番目に美しいメトロ駅はアヴトヴァ駅と同じ1号線のプーシキンスカヤ Пушкинская 駅だ。モスクワのメトロでも共産バロックとでも言うべきイデオロギー宣伝を伴う過剰装飾はスターリン時代に建設された環状線に多いが、この聖ペテルブルグでも凝った装飾の駅はスターリン時代に建設された1号線に集中しているので、さくさくと効率的に見て回れる。



町の名前の変遷の歴史が書かれている駅もあった。1991年の共産体制崩壊後、それまでのレニン
グラード(レーニンの都)から1703年当時の名前(聖ピョートルの都)に回帰したのがわかる。
The platform screen door system with complete platform/train separation like
this one in Mayakovskaya station is called "horizontal lift"design (above left).

フルシチョフ以降、駅の予算は絞られ「普通」になったが、その中で面白いのが左上のマヤコフスカヤ Маяковская 駅のような「水平エレベーター」方式だ。要はホームドアなのだが、ホームと線路を壁で完全に隔離しているので、電車のドアの位置に合わせて横にずらり並んだエレベーターのようなドアが一斉に開くと、壁から唐突に人がどっと吐き出されるようで壮観だ。軌間はモスクワ地下鉄やロシア鉄道と同じ1520㎜と広く、輸送人員300万人強/日は世界11番目の由だ (トップは東京)

 

2. SP-フィンランディア駅とアレグロ



"Allegro", a tilting train manufactured by Alstom, connects St. Petersburg and Helsinki. Passengers
can save time for immigration at destination because the border control is conducted on board.

聖ペテルブルグはかつてロシアの 「欧州への窓 Окно в Европе 」 と呼ばれ、今日も欧州との連絡は密でフィンランドの首都と3時間半で結ぶ国際特急アレグロ Allegro (最高時速220km) が毎日4往復している。日本から最も近い欧州の玄関、ヘルシンキ Vantaa 空港は終点ヘルシンキ中央駅(右下)から2つ手前の Tikkurila 駅から僅か5kmなので同駅利用が便利だ。このアルストム Alstom 社製 (列車正面には同社のエンブレムが銀色に輝き、窓ガラス(右上)にまで同社のロゴが入っている) の振子特急の概要につては 第43話* 末尾でご紹介したので再説は省く。時間のかかるロシアの入管も車内で済むし、ノキアのお膝元だけあってフィンランド領内は深い森の中でもネットの感度は良好だし、PC用電源も当然あるし、たいへん便利である。



Allegro is equipped with a child zone and with lifts for passengers using wheelchairs.

車内は北欧らしいシンプルなデザインで、1等車は1+2の革張りシート、2等車は2+2の座席配列だ。ネットでシートマップから座席指定できるが、meeting room と称される1等車端の6人分は同じシートだが事前予約ができずドアで閉切可能な構造だ。ロシアの入管がここだけは慇懃にノックして入室したので、VIP優先コーナーなのかもしれない。食堂車 (左上) 両側にびっしり並ぶペテルブルグ・ヘルシンキ両市の写真はちょっとくどいが、椅子が跳ね上げ式なのが面白かった。窓側も跳ね上げ式なので、窓側の乗客の出入りの便ではなく飲食物がこぼれて空席の汚損防止のアイデアと思われる。子供のプレイコーナー (右上、列車端にあるので大型ベビーカー置き場にもなっている) や低いホーム対応の車椅子用リフト (左下:外観、右下:車内) もあった。

 

3. SP-モスクワ駅のロシアの看板列車群と日本の新幹線



Sapsan (falcon), an express train which connects Moscow and St. Petersburg, is the
Russian version of DB's ICE3, the best-seller high speed train of Siemens AG.

アレグロのようにフィンランド方面からの列車が発着するのはフィンランド駅、モスクワ方面の列車の発着駅はモスクワ駅というネーミング方法は欧州式だ。そのモスクワ駅の主役は電車特急・サプサン Сапсан (隼)だ。ドイツ製サプサンの「本家」はドイツ鉄道DB用のICE3(写真右下、フランクフルト中央駅)で、今やオランダ・スイス・スペイン・中国等、各国に輸出され現地生産もされている、Siemens社の大ヒット商品Velaroシリーズのロシア版だ。大きなロシア規格に合わせてICE3より33cmも拡幅した為、正面から見るとずしりと重量感が感じられる。2009年12月に運行開始、現在は編成出力8000kWの10両編成がモスクワ⇔サンクトペテルブルク間約650キロ(東京⇔岡山より少し短い)を最高時速250キロ(軌道強化工事が済めばドイツ並に330km運転の予定)で3時間45分で結ぶ。



上:長距離列車がホームに着くと感動的な音楽が大音量でホームに流れ、各車両の車掌が
一列に佇立して改札に向かう乗客を見送る。ちょっと演出過剰だが、悪くない光景だ。
下:駅舎のイデオロギー装飾の天井画は、旧ウクライナホテルと同様の面白い構図だ。
After the "Red Arrow", the traditional night train, arrives at St. Petersburg Moscow station,
all conductors line up along the train and see off the passengers. The hall of the
station building is still decorated with ideological paintings and sculptures.

この区間の夜の主役はクラースナヤ・ストリラー Крaсная стрелa (赤い矢)号だ。名の如く真っ赤な車体の夜行列車で、一般乗客用の寝台車をソ連で初めて連結したのもこの「赤い矢」号だったという。上下の列車番号も伝統的に「1列車」「2列車」のトップナンバーを与えられる、ロシアの看板列車だ。旧国鉄の特別急行「富士」の1レ・2レ、日航初の国際線であるサンフランシスコ線のJL001・JL002のような位置付けなのだろう。最近の欧州の1等寝台が個室内にシャワー室を備えつつある水準と見比べると少し見劣りがするが、変形スワッグとでもいうのかロシア式のデコラティヴなカーテンが楽しい。



The graffiti in Russia - less abstract than the Western vandalism.

欧州の鉄道施設への落書きは悪化の一途だが、デザインは抽象的で文字らしいものがあっても何と書いてあるのかさっぱりわからない。そこへ行くとロシアの落書きは写実的なものが多く (アレグロの絵の前方にロシア鉄道 РЖД (RZD) のロゴが忠実に再現されていたりするが、この手の落書きは西欧ではなぜかまず見ない)、アレグロやサプサンの特徴を良く捉えている。サプサンが壁を突き破って走り出てくる構図の絵のダイナミックさは落書きのレベルを超えていた。



Japanese Shinkansen in Russia: The historical Series 0 (first built in 1964) can be
found in a Sushi bar in St. Petersburg Moscow station and at a post office in Moscow.

そのペテルブルグ・モスクワ駅で懐かしいものを見付けた。駅構内のカフェテリア式の寿司バーの壁ガラスに0系新幹線のシールが貼ってあったのだ。高速鉄道の黎明期に東海道新幹線が世界に与えた印象は我々が考えるより鮮烈だったようだ。その下の写真は90年代の終わり頃のモスクワのポーチタ (郵便局) の写真だが、ここでも明らかに0系がモティーフになっていた。



Series 100 of Shinkansen at a coffee shop in St. Petersburg Moscow Station, and on the sideboard
of a coach connecting Vladivostok in the Russian Far East and Donetsk in the Eastern Ukraine.

聖ペテルブルグのモスクワ駅前の軽食屋 「エレクトリーチカ (電車)」 のシンボル (上・中左) はどう見ても100系新幹線だ。脱稿日現在紛争が起きているウクライナ東部の町ドニエツクと遥か極東のウラジオストックを悠久のユーラシア大陸を走破して結ぶ超長距離列車のサボ (中右・下、サイドボードを指す和製英語の鉄道用語) にはウクライナ国旗と100系新幹線が描かれていた。日本の鉄道愛好家としてちょっぴり誇らしく感じた。

 

4. 現代史の宝庫、SP鉄道博物館と、大連に残る日本製同時代車



上:東清鉄道の展望車の車体にはキタイスカヤ・ヴォストーチナヤ(中国東方)の文字が残る。
中左:色は日に焼けて定かでないが、ロシア人好みの凝ったカーテンが、誰が最後の主だったかを示す。
СЛУЖЕБНЫЙは「業務用」の意味で、かつてアメリカで列車端に連結したVIP専用車をbusiness car
と称したのと平仄が合う。何でも米国と張り合いたがった当時のソ連の癖が出たと見るのは、考え過ぎか。
下:車体はリベットだらけで、スムーズな流線形の満鉄「あじあ」が如何に先進的だったかがわかる。
The historical observation car of the Chinese Eastern Railway
(КВЖД) is on display at St. Petersburg Railway Museum.

ワルシャワ廃駅を改造したサンクトペテルブルグ鉄道博物館の目玉は東清鉄道の展望車だ。東清鉄道の歴史は東アジア現代史そのものだ。日清戦争後台頭した日本への遼東半島割譲を三国干渉で阻止した代わりに、ロシアは清から満州での鉄道敷設権を得た。こうして1896年に設立された東清鉄道 (ロシア名は中国東方鉄道 Китайская Восточная Железная Дорога ) はウラジオストックに近い綏芬河から満州里まで満州を一直線に横断し、中国領を大迂回するシベリア鉄道ルートより劇的に短絡した他、途中のハルビン (哈爾浜) から長春・瀋陽 (当時は奉天と称し、ここで釜山からの朝鮮半島縦断急行「ひかり」や「のぞみ」と接続した) を経て大連・旅順へ下る南満州支線も含めて 満州全土をT字型にカバー* するうえ、内陸の大国・ロシアにとって常に重要な不凍港にも通じる戦略的にも重要な鉄道だった。



下:大連のロシア人街。ロシア建築と簡体中文の傍らを日本統治時代の生き残りの路面電車が走る。
右上:キリル文字の並ぶ青いビルの狭い屋上に鶏を放し飼いする発想に、中国パワーを感じる。
КВЖД built its office building in Dalian when the town was under Russian control.
This building still exists (top left), and its replica is built in Moji, Japan (mid left). An old streetcar
which started to operate when Dalian was under Japanese control, passes Dalian's Russian Town by (bottom).

この東清鉄道展望車は広大なユーラシア大陸の遥か東方の中国東北を走っていたので、少し満州に脱線する。日露戦争後のポーツマス講和条約で南満州支線の長春以南は日本が譲り受け南満州鐡道 (満鉄) となった。満洲事変後の1935年ソ連は満州の鉄道経営から撤退、満鉄はその前年に大連⇔長春 (当時新京と称し満州国の首都とされた) 間で運転を始めた特急 「あじあ」 をハルビンまで乗り入れた。1945年終戦直前に侵攻したソ連軍は満鉄施設を接収 (のち中国に譲渡)。東清鉄道が大連に造ったオフィスビルはロシア人街の近くに現存し (左上、その傍らを日本統治時代の生き残りの旧式路面電車が通過する (下))。北九州市・門司区の国際友好記念図書館 (中左) はそのレプリカだ。前者 (大連) にはロシア料理屋 「アルバートАрбат」、後者 (門司) には中華料理屋 「大連あかしあ」 が入居している。同じ建物が中国人にとってはロシアの、日本人にとっては中国東北のイメージになっている訳だ。後者の手前に並ぶ砲弾型のオブジェは、満州のイメージは戦争の記憶にも直結しているからだろうか。



Pursuant to the Portsmouth Treaty in 1905 following the victory in the Russo-Japanese War, Japan acquired
the southern section of КВЖД network, and it was operated by the newly established South Manchuria Railway
Company KK (Mantetsu) which started to operate the high speed "Asia Express" between Dalian and Changchun
or Hsinking, the "Manchukuo" capital (later extended to Harbin). Two of the locomotives of Asia Express remain,
one in Dalian (top left) and the other in Shenyang (Mukden). According to the information on the web, one
observation car of Asia Express was found in a very bad condition in a depot of Heihe station near Russian border.

21世紀のバルト海のほとりで80年前の満州の大平原を疾走した東清鉄道の展望車に出会えるとは思わなかった。博物館の解説には、満州国の溥儀の移動用にも使われた可能性が高いとあった。東清鉄道と満州の大地で覇を競った満鉄の特急 「あじあ」 (下はそのNゲージ模型) 用パシナ型蒸気機関車は瀋陽と大連に1機ずつ保存されている。レストア済の前者と異なり後者は大連機関区の扇型車庫内で朽ちつつある (上左)。あじあの展望車はいくつかのネット情報によるとロシア国境近くの黒河駅 (黑河火车站) ヤードに1両留置されているようで、Google 衛星写真を拡大すると確かに 現地訪問記録の写真*と矛盾しない位置に流線型の車両がぽつんと写っている。東清鉄道の方は遥々ペテルブルグまで回送されて保存されているだけに差が際立つ。戦争の勝敗というものは、こんなところにも影響を及ぼすのだろう。スクラップにされる前に、この貴重な歴史の証人に復元工事を施してどこかの博物館で保存できないものだろうか。



日本の上野駅がモデルという大連駅(上)、旧日本人街(中右)、旧満鉄
社宅(右下)等、大連には日本統治時代の痕跡がまだ辛うじて残る。
当時の日本製路面電車の照明(中左)だけでも歴史的価値があろう。
Residues of Japanese control in Dalian are about to fade away: Dalian Station
fashioned after Ueno Station in Tokyo (top), Mantetsu's company housing still in
use (bottom right), and the interior and the exterior of old Japanese street cars.

あじあ用機関車に限らず、大連には満鉄社宅も日本統治時代の路面電車もまだ現役のものが残っているが、良くメンテされている旧満鉄本社ビル等一部を除き、多くは劣化が進み風前の灯だ (むしろ今まで良くもったものだ)。歴史遺産は一度破壊すると二度と戻らないので、政治問題を捨象した保存活動が望まれる。この点、共産体制崩壊後も共産時代の歴史遺産を現代史の史跡として保存 42話参照 )しているロシアの姿勢は参考になる。



Many other rolling stocks of historical interest are also on display at the SP Railway Museum.
They include: Launching car of ICBM with 10 nuclear warheads with missile range of longer
than 10,000km (top), railway artillery gun with 305mm-caliber and shooting range of 30km,
Made-in-USSR (in Latvia, to be more precise) high-speed train ER200 which connected
Moscow and then Leningrad (bottom left), German-made fireless locomotive (bottom right), etc.

聖ペテルブルグの鉄道博物館に話を戻す。ここには古い車両が雑然と屋外展示されているが、以下に紹介するものの他、時速271kmを出したディーゼル機関車世界最速記録保持機等、見るべきものは多い。
【上】冷戦時代アメリカに恐れられていた8 軸のミサイルランチャー車も何気に展示されていた。これは核弾頭10個搭載・射程10,100kmの大陸間弾道弾ICBMの移動発射台だ。なぜ恐れられていたかというと、普通の固定式発射台なら衛星で場所を予め特定しておき、発射の動きがあれば先制攻撃して無力化できるが、ICBM自体が広大な森の中を走り回っていると発射を防ぐ事ができないからだ。冷戦が終わって本当に良かった。手前に見える砲車は退役戦艦の主砲を搭載したもので、口径30.5センチという巨砲 (射程30km) を毎分2発発射できるという凶暴な車両で、ソ連によるフィンランド侵攻の際に実戦に使われたという。
【左下】 ЭР200 (ER200) といい、ЭР はリガ (現在は独立したラトビアの首都) で造られた電車なので электропоезд рижский (リガの電車)の頭文字、200は速度だ。ЭР200はモスクワ・レニングラード (現・聖ペテルブルグ) 間を国産技術で高速化しようと試みていた頃の特急電車だ。中国も同様の経過を辿って結局自力開発を諦め日独の高速鉄道を輸入したものの急速に世界最大の高速鉄道網をめぐらせたのとは対照的に、同じく広大な国土を持ちながらロシアは高速鉄道にそれ程熱心ではなく、長距離移動は航空機中心という米国式発想のようだ。
【右下】風船に動輪を付けたような奇妙な形のドイツ製機関車は、炭坑や化学工場等、排煙できない環境での作業用に定置式ボイラーで作った蒸気を詰め込んで少しずつ動力に変えて動く。和英では無火機関車 fireless locomotive というが、電気機関車も無火ではないかとツッコミを入れたくなる。論理を愛するドイツでは 「蓄蒸気機関車 Dampfspeicherlokomotive」 という。これなら誰も文句はあるまい。

 

5. 日露戦争の生き残り艦とトイレバス



ネヴァ河に浮かぶアヴローラの威容。右上:背後は世界最大の天然ガス
企業、ガスプロム Газпром のビルだ。右下:ロシア正教の艦内教会。
Russian protected cruiser "Aurora" (launched in 1900) is permanently anchored
on the Neva in SP and preserved as a museum ship due to its historic role: a blank
shot from her triggered the attack on the Winter Palace and the October Revolution.

聖ペテルブルグのネヴァ河畔には防護巡洋艦アヴローラ Аврора (オーロラの意)が保存されている。アヴローラは運がいい。旅順港に碇泊中だったロシア帝国第一太平洋艦隊 (日本側呼称は旅順艦隊) は有名な203高地からの日本軍の砲撃で全滅したが、アヴローラは当初この第一太平洋艦隊に所属し旅順に向かって出航したものの途中で引き返し難を免れた。しかし第二太平洋艦隊 (同・バルチック艦隊) に編入され、1905年にロシア艦隊の大半は対馬沖で日本の連合艦隊に撃滅されてしまう。しかしアヴローラは戦場からの脱出に成功、中立のアメリカ領フィリピンに逃げこみ、戦時国際法に従い武装解除された後、ロシアに戻る事ができた。しかし満身創痍の旧式艦が記念艦として今日まで残る事ができたのはロシア革命の功だ。1917年の十月革命では同艦の空砲が冬宮 (現・エルミタージュ美術館) 攻撃の合図となり、革命のトリガーを引いたのだ。



The Battle of Tsushima on May 27 and 28, 1905 was the first full-scale battle between modern fleets. The
Russian Baltic Fleet was completely destroyed by the Japanese Imperial Navy, and Aurora was one of the few
Russian warships that could survive the battle, while no Japanese ship was sunk except for tiny torpedo boats.
Mikasa, the flagship of the Japanese fleet at the Russo-Japanese war, is now preserved in Yokosuka, Japan.

左上:ロジェストウェンスキー航海といわれる超長距離航海。冷房も無い当時、赤道付近では艦内の暑さは耐え難く、兵達は甲板で寝たという。右上:迎撃する日本の東郷艦隊と戦うアヴローラの絵。当時のロシア海軍は艦体は黒、煙突は黄色と目立っていたので照準し易かったという。左下:日本海海戦で戦死した同艦のイェゴルイェフ艦長。右下:十月革命時の「功績」を称える銘板。



A toilet bus – a very mobile solution to increase the toilet facilities at big events.
Apparently the black water is immediately dumped into the nearby drain through a hose.

最後に、ペテルブルグの町で見かけたトイレバスをご紹介して今号を終える。乗合バスを改造したもので、大小便器がずらりと並んでいる。大の個室は十分広いが、便座が無いので利用する気が萎える。良く見ると太いパイプが無造作にマンホールに突っ込まれていた(写真上)。汚水を溜めておいて処理場に運ぶのではなく、そのまま下水管に流し込む方式のようだ。大イベントや災害時の深刻なトイレ不足に機動的に対応できるこのようなバスは、日本にもあっていい。

 

準急ユーラシア、次はヒースに停車する。
Next stop: Hythe (UK)
Expected arrival: November 2014
(2014年8月 / August 2014)
 
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資料は各脱稿日現在の該当会社・団体のHP、WikipediaWebsite über die schnellsten Züge der Welt 各所掲のデータを参照したもので、それ以上の検証は行っていない。
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