Trans Eurasia Express since 2002

 
is a quarterly articles series, now kindly hosted by H.I.S. London (until No.49 by H.I.S. Touristik Deutschland GmbH) on interesting trains and other means of transportation in Europe, Asia and other corners of the world, with technical, historical and cultural interests. All photographs, sounds and videos are taken by the author unless otherwise expressly mentioned.

Mikio Tanaka

 
     
   


 
51. 世界最古の埠頭鉄道

– タイタニック号の故地で味わう英国流のわびとさび –

The Hythe Pier Railway
今回の取材地:
イギリス
日本


A hand-propelled railway was constructed on the 640m-long pier in
Hythe in 1909. It was electrified in 1922. Today, this Hythe Pier Railway
is the oldest regularly operating public pier train in the world.

ユーラシア大陸は世界最大の大陸にふさわしく、その悠久の大地の西端は北海~英国海峡でゆっくり海の下に潜り、一旦英国とアイルランドで顔を出し、再び大西洋に沈んで行く。従ってこの両島国の地形は大陸的で、一帯の海もフランスのモン・サンミッシェルに代表されるように遠浅だ。英国~ドイツ~デンマークにかけては、超遠浅ならではのユニークな移動手段が点在している。今号は英国南岸の海上をガタピシと駆ける、世界最古の埠頭鉄道を取り上げる。この鉄道は、英国技術史上意義ある交通機関の保存活動を行っている Transport Trust によって2010年に 交通遺産 Transport Heritage* に指定されている。



サザンプトン港の巨船群の中を縫うように走るヒース・フェリー(左上)。
1912年4月10日、同港の 第44バース からニューヨーク行の
タイタニックTitanic号が出航、5日後に北極海で沈没した。
The Hythe Pier Railway is operated in an integrated manner with the
Hythe Ferry using a catamaran vessel which links Southampton and Hythe.

埠頭鉄道とは遠浅の為沖合に設けられた船着場と陸を結ぶ鉄道で、埠頭上の歩道に併設された簡易軌道を小さなナローが往復する。サウスエンド Southend のように新型車両が用いられているものもあるが、サゥザンプトン Southampton 対岸のヒースの埠頭鉄道 Hythe Pier Railway は今も現役の世界最古 (1909年人力鉄道として開業、1922年電化) の埠頭鉄道だ。Hythe は古英語で「砂地の船着場」の意味だというので、昔から遠浅だったのだろう。Hythe を 「ハイス」 と表記する和文文献が多いが、地元の方2名に確認したら 「ヒース」 だと教えてくれたので本稿ではそれに従う。フェリー (左上、小粒ながら双胴船だ)の発着に合わせて運転されるので、フェリーが着いた時には列車も待っている。待合室 (下) は埠頭先端まで徒歩や自転車で来た客がフェリーを待つ為のものだろう。



The Hythe Pierhead Station: Wooden platform and a museum-class train.

列車は3両 (多客期は4両) の客車を中心に、陸側に小さな電気機関車が、そして埠頭側には制御客車 (運転台付の客車) と平積用の小型貨車が、それぞれ連結される。ミニ列車ながら変化に富んだ編成だ。写真上と左下は海上の埠頭駅で発車を待つ列車、右下はフェリーから見た発車直後の列車だ。歩道の南寄に敷かれた軌道の幅は僅か2フィート (610mm) だ。奇妙な形の機関車と相俟って、寂れた遊園地の乗物のようでもある。



A short but a pleasant trip above the sea.

ヒース陸上駅行列車の進行方向左側はすぐ海 (上)、右側は木製の歩道だが板の隙間から海面が見える (下)。総延長約700ヤード (640m) の単線軌道の高さは満潮時で海面から1.2mだ。古い木とニスとペンキのにおいが混じった潮の香が鼻腔に快い。小さな客車なのに一人前に4軸ボギー車の走行音を戛戛と響かせ、鉄道車両にとって大敵の潮風に常時身を晒しながら車齢100年近い老骨に鞭打って海上を黙々と駈けていく姿は、健気だ。



The passenger car with a driving cab is coupled with a flat car for luggage at the seaward end.

埠頭側の運転室の正面窓とドアの配置は 東京メトロ6000系* に似ている。しかし乗務員用の側面ドアが無いので、運転手は一旦前方デッキによじ上って (写真左上の左下の人物) 正面の木製ドアから入室する。運転席の更に先には大型荷物運搬用の平積式貨車が連結される (左下、背後の尖塔はSt. John’s Church)。こいつに乗る為だけにここに来たんだと運転手氏に言ったら、木製ベンチシート (右上) の運転席に乗せてくれた。眼下の貨車は少し目障りだったが、海上の一本線の移動は爽快だった (右下)



The uniquely designed locomotive is powered by a single DC 250V motor which
also serves as a driver’s seat. It was originally built in 1917 and then came to
Hythe Pier in 1922, after being converted from a battery to a third-rail system.

何と異形な機関車だろう。英米の鉄道は大陸欧州と異なり先頭車両のデザインに力を入れない伝統があったが、大ダコというか海坊主というか、ここまでぐにゃぐにゃとしてケーブルが無造作に這い回る珍奇で醜い機関車を見た事が無い。編成で1基しかない直流250Vモーターは、運転席も兼ねている (右上、狭いので横向きに座る)。陸寄りに繋がれるこの機関車も反対側の制御客車も、いずれも前照灯はほぼ真下を向いている (右下、荷台にズタ袋が載せてある)。列車両端に荷台がある事と機関車正面窓が斜め下を見下ろす角度になっている事を考え併せると、荷物が風で飛んだりしていないかの確認用なのかもしれない。



Bottom left: The ring buoy symbolizes the location of the track.
Bottom right: A unique way to open the door of the locomotive.

陸上駅に到着した列車 (上)。向かって左の牽引機 (埠頭駅行の場合は推進機となる) が1号機、右が予備の2号機だ。かつては3号機もあったが、今は車籍を抹消され倉庫の片隅で部品箱と化している。スペアパーツの製造はとっくの昔に終わっている筈だから、元3号機から部品を取り尽くした時が残り2機のタコ型電機存続の正念場だろう。第一次大戦末期の1917年製のこれら3機の最初の職場は Avonmouth の毒ガス兵器製造工場だった。当初はバッテリー駆動だった由なので、運転室後部の大きな箱は毒ガス工場時代に電池を格納した名残なのかもしれない。機関車の木製ドアは何と取り外し式だ (右下)。海上鉄道らしく、機関車には救命浮輪が常備されている (左下)



Above: Unique seating arrangement of the passenger car with a driving cab.

客車の車内は木製ボックス席だ。ボックス毎にドアがあるのはひと昔前の英国式で、ボックス間の通り抜けはできない構造だ。先頭車だけ最も埠頭駅寄りのボックスの広さが中途半端なので 型の不規則な座席配置になっている (右上)。車高が不揃い (中間客車>制御客車) の客車にタコ型のミニ機関車に平積貨車という超凸凹編成で、編整美もへちまも無い。ドアは外吊り式で、中間客車の側面上部はドアレールを隠すために無塗装の荒削りの板がそのままバーンと取り付けられている (下)。この武骨さ・素朴さ・手作り感が、つるんとした無機質の乗物だらけの今日にあって、実にいい味を出している。1世紀弱もの間、世の移ろいを眺め続けてきた車窓に映るサザンプトン水道の水景色が美しい。



Top left: bumpers are also unique

鉄板をひん曲げただけの緩衝器というのは初めて見た (左上)。フェリーのダイヤに合わせた列車の運行間隔は30分あり海鳥と遊びながら次の列車を待つ事になるが、新緑の季節だというのに海から吹き付ける風の寒さに閉口した。ヒース・フェリーは対岸の都会サザンプトンに通うヒースの住民の通勤・通学や買物の足だ。僅か徒歩約8分の距離とはいえ、冬の早朝の寒さを想像すれば、街中の8分と海上吹き曝しの8分では天地の差だろう。運転手氏によると、強風の日に埠頭を歩くと恐怖すら感じ特に高齢者には危険なのでこの短距離でも鉄道は必要だという。



フェリー料金のみで旧式鉄道の動態保存は困難と見え、床板
に寄付者の 名前を彫りこむ 等の方法で篤志家に訴えている。
Every train connects with the Hythe Ferry at the pier head station.
Below: The train is leaving the Hythe Town Station carrying the
departing passengers. On its way back, it will collect the arriving
passengers of the ferry which is about to berth at the pier head.

この埠頭鉄道は White Horse Ferries Ltd 社が経営する ヒース・フェリー* と一体運用されている。ヒースにおける同社のオフィスは陸上駅のすぐ裏手にある (右上)。フェリー利用者は無料だが、一般通行人は鉄道の利用の有無を問わず埠頭入場料が必要だ。埠頭駅にフェリーが到着する寸前に乗船客を乗せた列車がガタゴトと出発していく (上の写真下)。そして帰路はフェリー下船客を乗せて陸上駅に戻り次のフェリーを待つという運転律が、終日繰り返される。



102年前、乗員乗客2200名強を乗せた タイタニック号 も、その
処女航海の出航直後にこの自動車運搬船と同じ場所を通過した。
巨大人工構造物 の稀な当時、さぞ沿岸の見物人を圧倒した事だろう。
当時のヒース埠頭は歩道のみで、レール敷設の5年前だった。
Above: due to the moderate speed of the train,
the ride is smooth despite the undulating track.

線路は波打っているが、自転車並のスピードなのでそれ程揺れは感じない (上)。埠頭駅の先の海上を山の如く巨大な自動車運搬船が横切る (下)。ゆっくり航行してくれないと軌道が波で崩壊しそうな程、華奢な橋脚だ。画面に対岸の陸地を入れず大海原のみを背景にした埠頭鉄道の写真を撮影するには角度的に高所から狙うしかないが、ヒースは平地の小集落で高層ビルも山も無い。ネットで 背景は海面のみという写真* を見つけたが、このような絵をモノにするには、時折眼前のサザンプトン水道を悠然と通過する山のような巨大クルーザー(悲運の豪華客船タイタニック号も102年前にここを通った)の客となってその高層階に上るしかない (同様の理由で、遊弋する巨大クルーザー群を指を咥えて見上げながら書いたのが 第45話 後段だ) が、丁度 Hythe を通過する時に30分に1本の埠頭列車に遭遇するには幸運も必要だ。



“Google Earth view” of the Hythe Pier Railway

しかし巨大クルーザーには乗れなくても、今日は Google Earth でほぼ全世界の衛星画像が見られる。試しに Hythe Pier Railway と入力すれば、東京に居ながらにして忽ち Hythe の高空からの景色が見られる。上から順にヒース埠頭鉄道全景、フェリー碇泊中の埠頭駅を発車した列車、そして列車のアップだ。下の写真はタコ型電機の影まで映っている。衛星は地上600キロを超える高度を周回するというので、民間ジェット機の巡航高度の60倍以上だ。それでこれだけの高解像度なのだから、一昔前なら007級の雲の上のハイテクが遥か高空から地上に舞い降りて、我々一般大衆も享受できるようになった訳だ。



One of the sidings leads to the only depot of this railway.

列車が陸上に達すると、ウッドデッキ上で側線が左に分岐する (左上)。軌道はへろへろで給電設備も無いので電気機関車は自走できない。側線用に小さな入換機でもあるのか、人力なのか、尋ね損ねたのが心残りだ。この側線は陸上駅ホーム横で鉄道模型のような急カーブで更に分岐し、小さな車庫に通じている (右上)。運転手氏に庫内を見せて貰ったが、予備の制御客車が整備中だった (左下)



A pub “The Lord Nelson” is located next to the depot.
It offers the best waiting place for the train spotters.

陸上駅のすぐ近くに The Lord Nelson というパブがある。トラファルガー沖の戦い The Battle of Trafalgar (1805年、その丁度100年後の日本海海戦までは人類史上最大の海戦だった) でフランス・スペイン連合軍を撃破したイギリス海軍提督の名を冠したこのパブの海側には、埠頭鉄道が見える席もある。パブランチ (カレーライスもある) で腹拵えし芳ばしいギネスでも舐めながら暖を取る事ができるので、撮影待ちにはうってつけだ。



Left: Historical voltmeter and ammeter. Right: No need to purchase
a house plant - The ivy covering the roof is intruding inside the depot.

電化以来というから今世紀初頭製造と思われる、恐ろしく年代物の電圧計と電流計 (左)。案内してくれた運転手氏は 「かつてはもっとあったが、船舶の衝突事故で故障し新品と交換せざるを得なかった」 と残念そうに解説してくれた。「英国人の古い物好き」 という紋切り型の見方があるが、歴史を重ねた経年変化に美を見出し、それを愉しむ心情こそ、英国流のわび・さびの精神だろう。その無念の新型電圧器 (右上) の脇には外部から煉瓦壁を割って侵入してきたツタが大きく伸びていたが、これも刈らずにそのまま作業員の目を楽しませている。建物外部に出ると屋根はびっしり同じツタで覆われていた (右下)。車庫の裏手は先程の The Lord Nelson のテラス席に繋がっている。



The contact shoe (above) and the third rail on the pier (below)

給電は第三軌条方式で、写真上が集電靴、下の最も右側のレールが給電用だ。分岐箇所は第三軌条が途切れているので、ここは惰性で通過するのだろう。恐ろしい事にイギリスの第三軌条はむき出し (独仏ではカバーで覆われ、集電靴は下から接する方式) なので、うっかり踏んだら感電必至だ。軌道は埠頭の先まで通電されているので、過去何度かあった船舶による衝突事故 (2003年の事故では物損だけだったものの埠頭が45mも破壊され、衝突船の船長は禁固8か月となった由) では、事故は埠頭の先端で起きたのに陸上の車庫内の配電盤が火を吹いたという。



It is not only the Hythe Pier Railway - The third rail system is very popular
in the UK. Even the Eurostar using the French TGV technology employed this
system in the UK section until the high-speed track was built on the British island.

サザンプトンにはロンドン・ウォータールー Waterloo 駅から National Rail の電車で行ける。途中のウォゥキング Woking 駅 (左) とロンドン西郊のヒースロー空港を結ぶバスもあるので、ヒースローから行く場合は一旦ロンドンに出る必要は無い。National Rail の電化方式の大半も第三軌条方式 (右・上下) で、フランスのTGV技術 (当然架線給電だ) を用いた時速 300 キロのユーロスター 第29話参照) ですら、英国区間は高速新線が未完成だった開通当初は在来線を走った為、天下のTGVが丸ノ内線や銀座線のように架線の無い線路を走る奇観が見られた (この為英国区間は時速80マイル(130キロ)に減速して運転した)



In Japan, there is no pier railway in service. The only comparable light rail
on the sea was this one which connected the Kuruwa fishery harbor in Miura
peninsula and the fish preserve built off the coast. This rail, however, has
already been abandoned and today it is no more than a perch for sea birds.

紙数が尽きた。北西ドイツ Hallig 地方の海上トロッコ等、ユーラシア西端の遠浅の海を行く他のユニークな乗物達についてはいつか稿を改めてご紹介する。今号のトリの絵は日本にあった海上簡易軌道の廃墟だ。遠浅の海が少なく波も荒い日本では海上に簡易軌道を通した埠頭鉄道は存在しないし、その必要も無い。神奈川県横須賀市の久留和漁港と沖合の生簀を結んだ簡易軌道が外観的にはそれに近いが、今は朽ち、海鳥の止まり木になり果てている。

 

準急ユーラシア、次は松山に停車する。
Next stop of the Trans Eurasia Express: Matsuyama
Expected arrival: February 2015
(2014年11月 / November 2014)
 
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