Trans Eurasia Express since 2002

 
is a quarterly articles series, now kindly hosted by H.I.S. London (until No.49 by H.I.S. Touristik Deutschland GmbH) on interesting trains and other means of transportation in Europe, Asia and other corners of the world, with technical, historical and cultural interests. All photographs, sounds and videos are taken by the author unless otherwise expressly mentioned.

Mikio Tanaka

 
     
   


 
52. 坊っちゃん列車

– 名湯の街で日本最後の平面交差を駆け抜ける明治のレプリカ –

The Botchan-Train
今回の取材地: 日本


Two sets of replicas of the 19th-Century toy trains are running in Matsuyama,
known for a historical onsen-hot spring and for modern Japanese literature.

名湯の町、伊予松山には明治の蒸気列車のレプリカが路面電車の軌道上を走っている。機関車の自転式方向転換・郊外鉄道線との平面交差など見所が多く、複製であるという泣き所を補って余りある。オリジナルは夏目漱石の 「坊っちゃん」 冒頭に登場したので 「坊っちゃん列車」 と命名されている。



白鷺をモティーフとした意匠が多いのは、白鷺が怪我をした
足を湯に浸したら治ったという白鷺伝説に基づくものだろう。
Dōgo Onsen is one of the oldest onsen hot springs in Japan, which
was even mentioned in an ancient poetry book of the 8th Century. This
onsen-building was built in 1894 and designated as a cultural property.

列車名の由来となった小説に登場する道後温泉は、聖徳太子や昭和天皇も利用されたという日本三古湯の一つだ。1894年完成の本館正面の大寺院のような唐破風(からはふ)は城大工の見事な仕事 (註1) を見せてくれる。側面は江戸時代の遊郭風だが、西洋建築の影響もみられるという。重層屋根の頂上に赤色に妖しく輝く太鼓楼 「振鷺閣」 の窓は朝6時に開き、楼内から鼕鼕 (とうとう) と打ち鳴らされる刻太鼓 (註2) が寒空に響き、営業開始を告げる。洒落た演出だ。

 
(註1) 国の重要文化財(1994)、美しい日本の歴史的風土100選(2007)、地域団体商標登録(同)、平成百景(2009)、経産省・近代化産業遺産(同)
(註2) 残したい日本の音風景100選(1996)
 


The interior of the rooms for normal guests is rustic and simple.
Yushinden, a bathroom for the imperial family, is decorated
with Momoyama-style architecture, but no photo is allowed.

この本館建築の推進役だった時の町長は、自らは無給として膨大な建築予算を通し、鉄道会社まで設立して道後へ直通させるという凄みのある観光客誘致策を遂行した。本館完成の翌年松山中学の英語教師として赴任した夏目漱石は、小説 『坊っちやん』 で任地の田舎ぶりにうんざりしている口の悪い主人公をして 「温泉だけは立派なものだ」 と言わせている。派手な外観とは対照的に、館内は3階の個室ともども昭和初期の民家のように簡素だ。上の写真は、左から順に1-2階、2-3階、そして3階と太鼓楼を結ぶ階段だ。浴場も視覚的特色は少ない。又新殿 (ゆうしんでん) と称する日本で唯一という皇室専用浴室があり、見学可能だが撮影はできない。



In clear contrast, the courtyard looks messy.

茶を点てるのに使う炭火 (写真下) の臭いは、筆者の場合は曾祖母の遠い記憶に繋がる。この本館は、江戸東京建物園の銭湯・金具屋旅館 (長野)・九份 (台湾) 等と並ぶ、宮崎駿監督の 『千と千尋の神隠し』第25話参照) に登場する 「油屋」 のモデルとされる。舞台裏の一転した猥雑さ (写真上は3階個室から中庭を俯瞰) も油屋の裏方のごみごみした雰囲気そっくりだ。昭和の空気を知る世代の原風景的建物を、五感を感じさせるような奥行きで丁寧に描き込んで琴線を刺激した事が、この映画の大ヒットの背景の一つだったのかもしれない。



Along with the Dōgo Onsen, this “Botchan Train” is another major tourist
attraction of Matsuyama. It is named after the famous novel “Botchan
in which this toy train was referred to as “a steam train like a matchbox”.

1888年開業の伊予鉄道は非電化の軽便鉄道 (軌間762mm) で、南ドイツのクラウス社からB形 (=動輪2軸) 蒸気機関車を輸入し、甲1形と称した。この甲1が牽く狭軌鉄道が、「マッチ箱のような汽車」 として夏目漱石の小説 『坊っちゃん』 の中で紹介された。蒸気運転は1954年に終了し、伊予鉄道はJR在来線と同じ1062mmに改軌のうえ路面電車となった。伊予鉄は日本の地方鉄道では珍しく鉄道事業単体で黒字営業だ。瀬戸内海を挟んで対岸の広島には日本最大の路面電車ネットワークがある 第33話参照) 事も考え併せると、この一帯は日本のトラム先進地域といえる。2001年に観光客誘致の目玉として坊っちゃん列車のレプリカを2編成新造し、手間のかかる方法 (後述) で定期運転しているのはこの余裕があればこそだろう。



右上:車窓に映り込む朝の青空と道後温泉駅舎の影が美しい。
左上・下:道後温泉駅引込線での機関車の方向転換の様子。

第1編成はD1形機関車 (甲1形1号機のレプリカ) +マッチ箱形小型客車2両、第2編成はD2形機関車 (甲5形14号機のレプリカ) +中型客車1両で、乗るなら第1編成だ。Dが暗示するように蒸気機関車の形をしたディーゼル機関車だ。市内を走るので煙害防止の為だが、SLの排気音をスピーカーで流したりダミーの煙突から湯気を出したりしているのはやり過ぎで、却って偽物感が強調されるだけだ。



The Botchan Train is a diesel-powered replica of a steam locomotive
imported from Bavaria, Germany in 1888 by Iyo Railway which was the
first railway in Shikoku. Originally the gauge of the “toy train” was 762mm,
but today the replica trains run on the 1067mm-track for normal trams.

少し脱線する。ディーゼル列車の路面軌道走行例は、路面電車大国のドイツでは2類型があり、非電化区間ではディーゼル発電機で発電して電気モーターを駆動させる方式 ノルトハウゼン Nordhausen 等)と、ディーゼルカーがそのまま路面軌道に乗り入れる方式 ツヴィッカウ Zwickau がある。日本では札幌市交通局の鉄北線等でディーゼルカー方式が試みられたが、地下鉄の開通で役目を終えた。ドイツには本物の蒸気機関車が路面走行を行う例すら残っており(しかも全列車蒸気運転)、このモリー Molli については第44話でご紹介した。かと思うと超高速リニア世界初の実用化 (トランスラピッド、第1話第2話参照) やICE3 第11話参照) のように超高速鉄道でも日仏と並び世界をリードしているのだから、ドイツの鉄道は奥が深い。



The Botchan Train arrives at the Dōgo Onsen Station. The
conductors are wearing the uniforms from the 19th Century.

話を松山に戻す。道後温泉駅構内は専用軌道で、路面電車ながらもかつての地方私鉄の味わいを残してちょっといい雰囲気だ。同駅の配線は 「r」 字型で、坊っちゃん列車も急カーブを切ってあさっての方角からホームに入線する。明治当時の制服を纏った車掌が、デッキで切符を改める(右下)。左下は降車ホームから見た坊っちゃん列車と伊予鉄道の社紋だ。社紋は マン島 Isle of Manの旗 に似ている。



The interior of the “matchbox” coach. The lights are designed
after the original gas lamps, but they are - of course - electric.

車内は総木製で鎧戸まで忠実に再現されている。一見古く見せているが、現代の機械塗装ならではのムラの無さと艶の美しさ、ガス灯に見せかけた電球等、和風デザインと最新技術の組み合わせは最新の和風旅館のようだ。ただ床が低くバネ用の十分な空間が無いと見え、乗り心地はゴツゴツしている。走行中、車掌が手際よく坊っちゃん列車の解説をしてくれる。



Matsuyama Castle (above) is one of the 12 remaining samurai-castles
in Japan with original main towers. The Botchan Train passes by the
Ehime Prefectural Government Building built in 1929 (bottom left).

路面電車のパンタの背後には伊予松山城が聳える (左上)。江戸期の天守閣が現存する12城の一つで、道後温泉と並ぶ松山のシンボルとなっている。同じ山の麓には大正18年築の堂々たる愛媛県庁舎が、当時勃発した世界恐慌に立ち向かうかのように威風辺りを払っている。江戸期の城の麓の大正期の建物の前を、明治の列車の平成のレプリカが行く (左下)



Inside the Ehime Prefectural Government Building with Western flair

大正の洋館建築・愛媛県庁本館四景。左上:坊っちゃん列車の車窓から見える、特色のあるドーム屋根。上中:階段ホールのステンドグラス。上右:公衆電話室。下: H R GigerのSchacht (縦坑) の奈落を少し連想させる、高くがらんとした階段ホール。事前に申し込めば、貴賓室を含む館内の見学ができるという。



The small diesel engine generates only 120hp, but the Botchan Train
runs at full throttle to avoid affecting the timetables of the trams.

僅か120馬力のディーゼルエンジン一基で客車を2両牽かなければならないので、首都圏の通勤ライナーのように停車駅を減らした続行運転で、高加減速で頻繁運転を行う通常の路面電車を妨げないように懸命に走る。最近の欧州のトラムのデザインに倣い、滑らかな角型の2100形 (「豆腐」という愛称のユーモア感覚は、漱石譲りだ) のシンプルさと比べると、凸凹した機関車との差が際立って面白い。客車屋根上の異物はビューゲル形の進路制御装置で、分岐手前でポーンと跳ね上がって架線に接触し、信号を送って列車を望む方向のレールに乗せると、再び畳まれる。



At terminal stations the locomotive is detached and coupled
at the other end of the train. Coaches are pushed to the right
position with manpower, as it used to be in the 19th Century.

機関車の方転 (方向転換)・機回し (機関車を逆方向に付け替える作業) を奥の引込線で行う道後温泉駅とは異なり、松山の商業的中心にある松山市駅では衆人環視の中でこれをやるので、思い切り目立つ。僅か2線という物理的限界の中で、続々とやってくる路面電車を支障しないように、機関車も人も動きに無駄が無い。無動力の客車の手押し移動を伴う、たいへんな作業だ (特に雨天時)



The locomotive turns its direction in the narrow
station yard without turntable by rotating itself.

転車台も無い狭い駅構内でどうやって機関車を方転するのか。車体をエンジンの力で少し浮かせて人力で回転させるのだ。車長が短いので線路と直角になった状態でも機関車は線路両側のホームに接触しない。機関車のリフトアップ以外の全ての方転・機回しは手作業だ。蒸気機関車の形をしたディーゼル機関車というのは最初は嘘臭くて違和感があったが、短時間でてきぱきと方転をしている様子を眺めていると、きびきびと動くディーゼルエンジンではなく手間のかかる本物の蒸気機関車では厳しかっただろうと思うに至った。



The locomotive jacks itself up by pushing down a rotary shaft on an iron plate between the rails.

機関車の方転は渡り線中央にある鉄板 (上) の上で行われるので、最初はこの鉄板がせりあがって来るのかと思ったが、さに非ず。機関車内蔵の油圧ジャッキをエンジンの力で降ろし、そのまま地面に押し付けて機関車全体を僅かに持ち上げ (右下)、あとは人力で機体をくるりと回転させるのだ。ジャッキは中華料理屋の丸テーブルのように回る仕掛けになっているようだ。ジャッキが完全に上に戻っていないのに上昇済のような誤表示がなされた為に、発進しようとして構内で脱線した事故があったという。



In the Shikidō-museum one original “matchbox” coach is preserved next
to the bust of the famous novelist who wrote the “Botchan”. Below
is the gift deed executed by the then President of Iyo Railway Co.

松山市駅に近い子規堂には、坊っちゃん列車用の客車の実物が1両保存されている。子規堂は正岡子規の文学仲間だった住職が寺の敷地内に子規の住居を復元して文学資料館としたものだが、子規と親しかった夏目漱石関係の資料もある。坊っちゃん客車がここにあるのはその縁だ。車内には伊予鉄道社長名の贈与証が掲げられている。



The original “matchbox” coach is full of wood and hand-made atmosphere.

松山出身の俳人、中村草田男の名句

「降る雪や 明治は遠くなりにけり」

も車内に掲示されている。白一色の雪景色の中で時空の感覚が 「オールクリア」 状態になり、前時代が過ぎ去った事を実感した感慨を詠んだ句という。雪よりも斜め光線 (次の写真・右) に過ぎし日へのノスタルジーを感じる筆者も下手な一句を捻ってみたが、所詮アイデアのパクリはパロディにしかならない。

「木漏れ日や 昭和も遠くなりにけり」



夏目漱石が 「マッチ箱のよう」、オスマン・エドワード Osman Edward が
Toy Train と評した、可愛らしい 「坊っちゃん客車」 の実物(子規堂にて)

坊っちゃん客車レプリカのピカピカの車内とは対照的に、オリジナルの坊っちゃん客車の車内はペンキの刷毛の後もわかるくらい、手作り感に富んでいた。剥げて何度も塗り直したであろう座席と異なり、天井の塗りは薄く粗い木目まで見えた。日曜大工が得意だった祖父が大昔に作ったペンキ塗りの素朴な家具を、ふと思い出した。



The Botchan Train crosses a level crossing – the last
one in operation (excl. between tram tracks) in Japan.

そんな感傷を吹き飛ばすように、レプリカの坊っちゃん列車は21世紀の松山の町をちょこまかと元気に走り回る。走行シーンのハイライトは、大手町の平面交差だ。ブロロロロ・・・とディーゼルエンジン音も軽快に、複線×複線のほぼ直角の平面交差をドガガガガガ!と一瞬で駆け抜けていく。背後は高浜線の大手町駅だ。殺気立った無言のビジネスマンが早足で洪水のように行き交う東京の大手町駅とは対照的に、閑散としている。



新宿・八王子間を快走した京王のかつての花形車の通過を、
伊予の「豆腐」が待つ(上)。共に蜜柑色に塗られている。

この大手町平面交差では路面電車と郊外電車の邂逅が頻繁に見られる (写真上)。高浜線には関東人には懐かしい元京王帝都電鉄の車両も走る。写真上で左右に横切る伊予鉄700系は京王本線の特急車でも活躍した元5000系だし、伊予鉄3000系 (写真左下) は井の頭線で東大生を運んでいた元京王3000系だ。中空に目を凝らすと、加圧された架線を同一の高さでショートさせずに交差させる為に、複雑な絶縁系統が星形の美しい機能美を形作っている。高浜線が郊外鉄道にもかかわらず直流600Vと異様に低電圧 (日本の在来鉄道の多くは直流1500V) なのは、この平面交差に謎を解く鍵がありそうだ。



Remains of level-crossings in Japan: Hyogo (above) and Kanagawa (below)

日本で最も有名な平面交差は、阪急電鉄西宮北口駅構内にあった神戸線×今津線の交差だったろう。1984年に今津線が同駅で南北に分断されこの鉄道名所は消滅したが、ダイヤモンド・クロスと言われた交差部分は1セットが切り出されて付近の公園の路上に埋込展示されている。首都圏での平面交差の遺構で筆者が知る唯一のものは、横須賀線田浦駅付近の歩道上に残っている。一帯の引込線の廃線跡の大半は舗装されて最早判別不能だが、平面交差があった部分だけ舗装を省くという粋な計らいで事実上保存されている。

次号第53話では、世界的にも珍しい高架鉄道の平面交差の情景をご紹介する。

 

準急ユーラシア、次はシカゴに停車する。
Next stop of the Trans Eurasia Express: Chicago
Expected arrival: May 2015
(2015年2月 / February 2015)
 
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