Trans Eurasia Express since 2002

 
is a quarterly articles series, now kindly hosted by H.I.S. London (until No.49 by H.I.S. Touristik Deutschland GmbH) on interesting trains and other means of transportation in Europe, Asia and other corners of the world, with technical, historical and cultural interests. All photographs, sounds and videos are taken by the author unless otherwise expressly mentioned.

Mikio Tanaka

 
     
   


 
61. クメールの天空に浮かぶ空中回廊

- アンコール・バルーンとその下に広がるトゥームレイダーの世界 -
The “Floating Corridor” near Angkor Wat and the World of Tomb Raiders
今回の取材地: 日本


Top: Circular corridor of the Angkor Balloon.  Bottom: Angkor
Wat reflection in Lotus Pond at sunrise time in a cloudy morning.

本連載では過去60話にわたって鉄道を中心に世界各地の色々な乗物をご紹介してきたが、今号では初めて気球と象を取り上げる。この気球が睥睨へいげいするアンコール遺跡群は廃墟趣味の無い人にもかなり刺さるであろう見事な廃墟っぷりだったので、今号は乗物よりも観光案内の比重の方が高い。



The Angkor Balloon uses the type “Aero 30” manufactured by Ballonbau
Wörner GmbH in Germany, which carries up to 30 passengers. Aero 30
balloons are also used in many other places, such as Berlin and Bristol.

これはドイツのヴェルナー気球製造有限会社Ballonbau Wörner GmbH製Aero 30型の係留気球Fesselballon(風に流されて飛ぶ自由気球の対語で、ワイヤで地上に係留されている)だ。同社のHPによると、30名という定員は旅客営業用形式認定を取得した係留気球では世界最大だそうだ。ベルリンの有名な観光気球、ヴェルトバローンWeltballonも同型機だ。



Aero 30 is a captive balloon tethered with an electro-hydraulic driven wire

着地点はワイヤ巻取装置を中心に円形の丘のような形をしており、ゴンドラが風でどの方向に流されてもワイヤを電動油圧で巻き取ってぐっと引き付ければ常に同じ位置に着地・固定できる構造になっている(左上)。少々の風では高価なヘリウムを抜いて気球を畳んで退避する必要が無い強い係留力がもたらす経済性も売りだそうだ。ワイヤの張力を緩めるとヘリウムの浮力でスルスルと上昇し(右上)、地上に映る気球の影がみるみる小さくなっていく(左下)。乾季のカンボジアの乾ききった大地を鳥瞰する空中のゴンドラは風通しも良く快適だ(右下)



西方から眺めるので午後は順光の筈だが、高温と高湿度のせいか、大気の透
明度が今一つだった。一見靄がかかっているようだが実はカンカン照りだ。
画面の更に手前の橋と道路は、膨大な数の観光客と車でごった返していた。
Angkor Wat view from the gondola floating 150 meters above the hot, tropical ground.
Despite the shiny weather the aerial view was hazy due to the high heat and humidity.

中空のゴンドラから見たアンコール・ワット。カンボジア国旗(右上に嵌め込み)中央の寺院はアンコール・ワット本殿を図案化したものだ。裾野まで含めた全体像は地上からだと他の構造物に邪魔されて見えないが、この角度で見ると良くわかる。中央のタワー(祠堂)を中心に三重の回廊で囲まれており、外から第一回廊(写真上の手前)・第二回廊(同中奥@中層階)・第三回廊(同奥@高層階)と名付けられている。



Angkor Balloon view from Angkor Wat

逆にアンコール・ワット(第一回廊)から見上げたアンコール・バルーン。結構頻繁に上下していた。ゴンドラの円形通路(本号冒頭の写真)はいわば空中回廊だが、ワット至近の定位置に係留されているので第四回廊が中空に浮かんでいるようなものだ。観光案内には高さ200mと紹介されているものがあったが、メーカーのHP(前出)ではAero 30型の最高浮揚高度は150mと記載されている。



The setting sun beautifully illuminates the corridor and the devatas of Angkor Wat

本連載は乗物紀行だが、ユネスコの世界遺産にも登録されたアンコール遺跡群が余りに素晴らしかったのでさわりだけ(さわりの部分しか訪れていないが)ご紹介する。【上】夕景の第一回廊。【下】デヴァターdevata(踊り子や女神のレリーフ — 踊り方がヒンズー的だ)の陰影を、斜め光線が美しく浮かび上がらせる。



As opposed to woody temples and shrines in Japan, the Angkor temples are all massive
and rocky – One of the major reasons why they could survive for as long as 8 centuries.

木造文化の日本では古代・中世は勿論、近世の建築も大半が火災・朽廃・戦災で失われてしまったのに対して、石造建築は意図的に破壊しない限り何世紀も残る。【左上】同じ石造でも古代ギリシャ建築は円形列柱で支えられていたのに対して、カンボジアの列柱は角形だ。【左下】十字回廊から見た沐浴池と第二回廊(石製の連子窓の奥)。寺院全体が巨大な石塊だ。建築労働者の汗を拭いてやっているレリーフを見かけたが、外を歩くだけでも息苦しい暑さなのに、全て人力での石の切り出し・運搬・建設作業は過酷だったろう。



Bottom is a graffiti left by a Japanese samurai and a faithful Buddhist, who visited
Angkor Wat which was mistakenly considered as the Jetavana in India, in 1632.

【下】十字回廊には、江戸初期に熊本藩士だった亡父の菩提を弔う為に、当時インドの祇園精舎と誤解されていたアンコール・ワットを1632年(奇しくも熊本藩二代目藩主・加藤忠広 - 清正の三男 - が改易された年でもある)に訪れた平戸藩士・森本一房の落書が残っている。行儀がいいとは言えないが、飛行機もガイドブックも無い385年も昔に、遥かな異国の見た事も無い壮麗な巨大石造建築に到達し得た感激を抑えかねたのだろう。解読困難だが、Wikipediaによると文面は次の通り(改行略)

「寛永九年正月初而此所来 生国日本/肥州之住人藤原之朝臣森本右近太夫/一房/御堂心為千里之海上渡 一念/之儀念生々世々娑婆寿生之思清者也為 其仏像四躰立奉者也/摂州津池田之住人森本儀太夫 右実名一吉善魂道仙士為娑婆 是書物也/尾州之国名谷之都後室其老母亡魂明信大姉為後世是書物也 寛永九年正月丗日」



These huge tetrameles nudiflora growing up from the ruins have become
famous after Ta Prohm was used as a location in the film “Tomb Raider”.

【上】この只者ではない廃墟はインディ・ジョーンズの映画に出てきそうだが、このタ・プロームを有名にした映画はトゥーム・レイダーTomb Raiderだ。とりわけこの巨木は有名で撮影待ちの観光客が列を成し、静かに観察するには朝一番(07:30開園)で行くしかない。しかし折角早朝に行っても、近年のインドによる保存工事で木製の通路や柵が設けられ、正面からは勿論、どの角度から見ても柵と言うノイズが画面に入ってしまう。筆者が色々試した限りでは、この角度が柵の写り込みが一番少ない。【下】中央回廊の反対側も同様の巨木があるが、こちらは(恐らく根の侵食で破壊された建物の)瓦礫が散乱し、足場が悪い。



撮影は乾季だが、雨季の写真を見ると、木々の葉は鬱蒼と茂り、屋根には苔が
生し、藻で覆われた池も出現し、全く別の表情を見せるようだ。
The Angkor temples, built in in the late 12C/early 13C, were abandoned and left in
the jungle for centuries after the collapse of the Khmer Empire in 15C. Ta Prohm is
the only Angkor temple which has been intentionally conserved in almost the same
conditions as it was found - an impressive merger between the temple and jungle.

この木の巨根を良く見ると、自らが倒壊しないように屋根の溝に沿って四方に根を伸ばしてバランスを取っている。賢いものだ。巨大な異物に隅々までがっちり掴まれて崩壊しそうになっているこの建物を見ていると、ふと癌の語源を思い出した。癌の事をドイツ語でKrebs(本来は蟹の意)というが、進行した乳癌は蟹が乳房を鷲掴みにしているように見える所から名付けられたという。この建物にとってみれば、取り付いて離れないばかりか倒壊するまで成長を続けるこの巨木は、正に悪性新生物だろう。



Left: A building being “swallowed” by plants. The remaining pictures show how the roots
destroy buildings: A young, thin root first worms its way into the small gap, and it grows bigger
and bigger until the wall collapses, like a rebar explosion phenomenon of reinforced concrete.

【左】巨根にのしかかられた上に更に別種の巨大植物に覆い尽くされたこの建物も有名な撮影スポットだ。冒険映画の秘密の地下世界の入口のような開口部があるが、内部は崩壊しており立入禁止だ。【右上】隆々たる筋肉のような根は、その下で重みに耐えている石壁の上部構造のようになってしまっている。共に壁状でカチカチに固いのに、上半分は生きているというのが何か不思議な気がした。【左下・右下】至る所で根が石組の隙間に食い込んでいる。タ・プローム遺跡構内にはバラバラに崩れた建物や壁の残骸が随所にある。内部の鉄筋が錆びて膨張して周囲のコンクリートを破壊する鉄筋爆裂と同じ原理で、犯人はこの根だ。遺跡崩壊を確実に防ぐ為には巨木を伐採せねばならず、しかしタ・プロームは巨根に絡まれてこその遺跡でもあるので、この二律背反をどう解決するかは難題だ。



“Merger between organic and inorganic substances” strongly inspired some artists, such as Antonio
Gaudi and H.R. Giger. Ta Prohm shows that the nature is also a great artist with the same inspiration.

【左上】石門の上に時計台のように巨木がそそり立つ。名付けてタ・プロームの冠木門かぶきもん 。【中】石組みの建物を覆い尽くしていく根。粘液が溶け落ちているような形をしているが、触るとカチカチに固い。朽ちる一方のごつごつした無機物(石)と成長しつつある生物(根)の対比が鮮やかだ。生命体と無機物の融合はアールヌーヴォーArt Nouveau(仏) / ユーゲントシュティールJugendstil(独)で一般に好まれたテーマだが、その時代に限らない永遠のテーマだ。古くはアントニオ・ガウディAntonio Gaudi(西)、不気味系ではH.R.ギーガーGiger(スイス)、華やか系ではフリーデンスライヒ・フンダートヴァッサーFriedensreich Hundertwasser(墺、百水の意)等が有名だが、タ・プロームも同じ芸術的指向を持つ。作者は人間ではなくガジュマルの一種、Tetrameles nudifloraという植物だが。





Top: young- and grown-up roots. Bottom left: A Buddha statute about to disappear in the roots. Middle right:
Some roots resemble human bodies. Bottom right: a carving resembling (except for its face) a stegosaurus.

【左上】この細竹のように頼りない若根も、数百年の時を経れば右上の蛸の怪物のような巨根に成長するのだろう。【左下】根に飲み込まれつつある仏像。【中】人の臀部や巨人の足のような根もあった。【右下】背中に骨板が並ぶ恐竜のレリーフもあった。恐竜図鑑で全体像がこれに似ているのはステゴザウルス剣竜しかない。いくらアンコール・ワットが古いと言っても、ステゴザウルスが生息していたのはジュラ紀(約2~1.5億年前)後期~白亜紀(約1.5~0.7億年前)前期という人類誕生の遥か昔なので、実物をクメール人が見た筈はない。出土した化石の骨格から全体像を推測したとすれば、顔以外はかなり当たっている。



Top: It looks as if the wall were crushed by a huge hand.

【上】天から巨大な手が降り下ってきて壁をグワシと握り潰したかのような奇観。【左下】この塔内は鮮やかな彩色が施されていたのみならず、壁の無数の穴には宝石が嵌め込まれていたという。勿論、盗掘されて今は一個も残っていない。【右下】廃墟を行く僧侶は絵になる。



During the two-decade Civil War the Angkor temples were also damaged. Bottom: Some of the statutes
of asuras churning the ocean (the creation myth in Hindu) along the gateway to Angkor Thom have been
cut off during the Civil War for sale - most probably for next to nothing - to cover the living expenses.

今でこそ平和なカンボジアも、1970年から20年以上内戦が続き、国土は荒廃した。【上】アンコール・ワットには随所に弾痕が残る。【下】環濠都市だったアンコール・トムの南大門の堀にかかる橋の両側には乳海攪拌(神々と阿修羅が大蛇を綱引きのように引き合い混沌とした乳海を攪拌して天地が創造されたとする、ヒンズー教の創世神話)を描いた像があり、画像側では阿修羅が、反対側は神々が、それぞれ蛇神ナーガを引いている。しかし長い内戦中、窮乏した住民や兵が像の頭部を切り二束三文で売って生活費の足しにしたという。新しい頭部は、戦後これら欠損部位を修復したものだ。



The Killing Fields Museum in Siem Reap. Several tens of thousands of
citizens are said to have been executed by Khmer Rouge in this building.

市中心部と遺跡地区の間にあるキリングフィールド博物館。クメール・ルージュ(カンボジア共産党)時代の飢餓と虐殺による死者は70~300万人(当時のカンボジアの人口は約800万)と言われ、その惨禍は映画キリングフィールドThe Killing Fieldsの舞台にもなった。シェリムアップでは下の建物で数万人が処刑されたといい、出土した遺骨に残る銃痕や撲殺の痕が痛々しい。同じ敷地に犠牲者を弔うために建立された寺院の随所に蛇神ナーガの像が見られる。



Along with cars and tuk-tuks, elephants are also popular means of transport. Top:
The “boarding bridge”. Bottom: Approaching the South Gate of Angkor Thom.

車やTuktukに交じって一際大きな乗物が道路を行く。象だ。【上】木に取り付けられたアスレチックフィールドのような象乗場。これは楽しい。【下】アンコール・トムの南大門に向かって進む象。着座位置が極めて高く眺めが良さそうな反面、象が癇癪を起して暴れた場合を考えるとヘルメットが欲しいところだ。



Elephants in Angkor Thom - Top: Striding the road surrounding the Bayon (a
Khmer temple enshrining both Buddha and Hindu gods). Bottom right: The
Terrace of the Elephants – Apparently the elephants were also used as Panzers.

【上】観光客を乗せてアンコール・トム構内をのしのしと闊歩する象。【右下】アンコール・トムの大広場「象のテラス」には象のレリーフが多数残る。象が戦車代わりでもあった12世紀末(日本では平安末期から鎌倉初期に相当)、ここで騎馬ならぬ騎象部隊の閲兵を行ったという。



As opposed to the three-wheeler tuk-tuk in Thailand, the tuk-tuk in Cambodia
is a combination of a motorbike and a small trailer with a passenger seat, thus
offering more comfort to the passenger in that there is less noise and vibration.
些事だがAirportの表記がおかしい。日本でも怪しげな英語表記は多いし外国で散見
される日本語表記にはもっと傑作なものがあり、この辺はご愛敬だ。と思いつつも、
国旗にもなっている看板遺跡の道路標識なのだから何とかならなかったのかとも思う。

【上】シェムリアップ市街と遺跡群の間には、森を切り開いて広い舗装路が整備されている。冷房の効いた車を降りたら、温度差と湿度で忽ちレンズが曇った。【左下】東南アジアに来て簡易タクシーtuk-tukに乗らない手はない。バイクと客室が一体化した隣国タイの三輪tuk-tukと異なり、カンボジアでは普通のバイクが1軸客車を牽引するミニトレーラー方式だ。【右下】「客車」にはエンジンは付いていないので、客席下で2~3気筒エンジンが唸るタイのトゥクトゥクより騒音振動が少なく、乗り心地が良い。鉄道でいえば無動力の客車の方がディーゼルカーより乗り心地が良いのと同じ理屈だ。屋根裏に左右2か所ずつ取り付けられている取手はラッシュ時対策で、子供が8名鈴なりになったtuk-tukも見かけた。



Left: The mini-trailer is not useless even if there is no passenger.
Bottom right: The traffic light system is similar to the French one.

【上】遺跡群入口の改札の手前で渋滞するtuk-tukの放列。【中左】自車にハンモックを吊るして休憩中の図。なかなか快適そうだ。【左下】早朝、遺跡群見学に出発したら、道端で客待ちと思われる運転手達がtuk-tuk車内でゲームに興じていた。午前中丸々使って遺跡を見学し、アンコール・バルーンに乗り、と濃い時間を過ごした後宿に戻る途中同じ場所を通ったら、まだ勝負が続いていた。この空間だけ時の流れが淀んでいるようだった。【右下】反対側は赤信号を現示している事を示す赤十字信号は、カンボジアの旧宗主国・フランス式だ。旧英国植民地の交通ルールや固定電話呼出音等は英国式の事が多いが、これが歴史というものだろう。



客室が冷房化された今日、風通しの良いルーバー窓の役割は、鄙の風情の演出にある。
Some hotels in Siem Reap feature airy and woody traditional Khmer style with modern comfort.

シェムリアップはバンコクからもホー・チ・ミンからも僅か1時間強で空港から遺跡群は近く、目標を絞れば時刻表的には日帰り可能だが、最低1泊しないとビザが下りない。日中の遺跡は日中韓泰越等の観光客でごった返しているので、1泊して早朝お目当ての遺跡を訪ねるのがお勧めだ。内戦時代は今は昔、ユネスコの大世界遺産群を擁する同市には多くの快適なホテルができた。クメールの伝統建築様式を取り入れた宿は意外と少ないが、そういう所こそ面白い(写真は筆者が泊まったAngkor Village Hotelで、鄙の雰囲気をうまく演出していた)。外壁の無いロビーやルーバー窓がエキゾチックで一見涼しげだが、第58話末尾でご紹介したチェンマイの伝統建築の傑作宿・ダラ・デヴィ同様、余りに暑いので南国の雰囲気を数分愉しんだら冷房の効いた部屋に逃げ込む事になる。

 

準急ユーラシア、次は独Puttgardenに停車する。



Next stop of the Trans Eurasian Express: Puttgarden (D)
Expected Arrival: August, 2017

(2017年5月 / May 2017)
 

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